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経営手法にも変化と挑戦を

 そうした行動を続けているのも、商品開発を「教育の場」ととらえているからだ。原料は何で、どの販路で誰に売るのか。仮に味がおいしくても、どんな顧客層にどんな特徴で訴求しにいくのか、そこが明確でないと「ノー」を出すこともある。今や井村屋で最も若い部署の一つとなった開発の面々に「ダメ出しをするのではなく、何が特色でどんなお客さんに売りたいのか」という思考回路を自ら植え付けたいからだ。

 だが社員が1000人に近づいた今、マイクロマネジメントで企業風土を統一しようというやり方は、いずれ限界を迎えることが予想される。これまで井村屋を老舗たらしめてきた失敗を恐れない「挑戦」は、創業時から続く強いリーダーシップに支えられてきた。その独特の経営手法も変化させなくてはいけない、新たな挑戦の時期を迎えているのかもしれない。

INTERVIEW

中島伸子社長に聞く
決して守りには入らない


(写真=稲垣 純也)

 19歳の時に北陸トンネル列車火災事故(30人が死亡、約700人が負傷)に遭遇しました。煙による一酸化炭素中毒の後遺症でその後の何年かは声が出ず、目指していた教師を断念せざるを得ませんでした。

 目の前の席に幼子3人を連れたお母さんが座っていたのですが、後に全員亡くなったと聞き大きなショックを受けました。その後、親族の方が最期の様子を教えてくださいと訪ねてこられました。

 「なぜ私だけ生きているのか」。自分を責め、何もしたくなくなりました。そうしたときに父から手紙で「しっかり生きることが残ったものの務め。辛いという字に一を足せば幸せという字になる」と諭されました。それから立ち直り、何事にも「プラス一(いち)」の思考でこれまで生きてきました。

 今思えばこれは、変化と挑戦、そして特色経営をうたう井村屋の考え方そのものです。「人と違うことを見つければ、必ず生きていける」という父のアドバイスはそのまま今に生きています。

 社長に指名されたときは、社員や株主にどう思われるか、正直気になりました。ただ浅田会長に「男女も学歴も関係ない。女性だから選んだわけでもない。成長を見据えた攻め、挑戦のために選んだ」と言われ気持ちが楽になりました。

 営業を30年してきましたから、フットワークは軽いですよ。そして営業の経験から、何もしなかったら売り上げがすぐに2~3割落ちてしまうことも知っています。日本ははやりすたりが早いのです。常に何かに挑戦していないといけないのです。決して守りには入りません。攻めなければいずれ何もなくなってしまいます。

 特に今は時代の転換点です。食品業界は少子化、グローバル化で絶対に厳しくなります。今までと同じような攻めでは不十分でしょう。会社としてさらに大きく飛躍させるためには、これまでコアとしてきたあずき以外の分野でも、攻めていかなければいけないのです。

 社長に任命されてすぐ、部長会議で各部長に「これから10年先を考えたとき、井村屋に欠けているものは何か」と問いかけました。そして出てきたものを、今年取り組むもの、来年取り組むもの、と仕分けして早速いろいろ動いています。もちろん就任初日には社員を集めて「プラス一」のメッセージも発しました。

 女性であることの強みはもちろん生かしますよ。今年の新入社員は57人のうち女性が38人と3分の2を占めました。女性を生かすことは絶対に大事です。男女は育つ環境が違うので、考え方なども微妙に違います。双方が持っている強みを生かしシナジーを出していきます。(談)

日経ビジネス2019年8月12日号 64~68ページより目次