2004年から14年まで三菱自動車で財務の最高責任者を務めました。就任したのは、リコール(無償回収・修理)隠し問題でブランドが失墜し、頼みの綱だった独ダイムラー・クライスラー(当時)にも支援を打ち切られてしまった厳しい時期でした。

 会社は過剰債務に苦しんでいました。車を売る力や返済能力を超えて工場建設などの投資を重ねた結果、財務のバランスを失っていました。会社が潰れるのは簡単です。返済期限が来て2回不渡りを出したらアウトです。これはもう理屈抜きに債務を圧縮しないと、えらいことになると思いました。

 そこからは「ぜい肉落としの10年」です。世界で売っていける台数を上回る生産設備を全部削りました。赤字続きだった欧州生産子会社は1ユーロ(発表時の為替レートで約97円)で売却しました。たとえ1ユーロでも従業員を引き受けてくれるならありがたいという状況でした。

この記事は会員登録で続きをご覧いただけます

残り861文字 / 全文1247文字

日経ビジネス電子版有料会員になると…

特集、人気コラムなどすべてのコンテンツが読み放題

ウェビナー【日経ビジネスLIVE】にも参加し放題

日経ビジネス最新号、11年分のバックナンバーが読み放題

この記事はシリーズ「有訓無訓」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。