(写真=竹井 俊晴)
(写真=竹井 俊晴)

 日本銀行総裁を務め、後に大蔵大臣も務めた井上準之助氏の生家を訪ねたことがあります。今は文庫として保存されている大分県日田市の生家で「遠図(えんと)」と書かれた一つの額が目に付きました。末裔(まつえい)の方に聞くと、1930年1月11日に記されたものとのこと。この日は時の政権、浜口雄幸内閣の大蔵大臣だった井上氏が金解禁を実行した日です。一時的な経済悪化を押してなお、放漫財政を正し、規律を重んじる決断を下しました。100年先、200年先を見据えての決断という意味を込めたのでしょうか。

 私が日銀に入行したのは76年です。物価の安定、金融システムの安定という日銀の二大使命に関わることができ、その後は大分支店長や名古屋支店長も務めました。日銀の仕事は相撲でいえば企業が活躍する土俵の整備です。様々な経営者の方とお会いするにつれ、自分も相撲を取る側に回りたいと思うようになりました。縁もあってセコムに入社したのが2007年。「社会にとって正しいかどうか」が唯一の判断基準であるセコムの理念は私にとってぴったりとくるものでした。

 論語に「君子は義に喩(さと)り、小人は利に喩る」という言葉があります。多くの企業は創業時、理念を掲げ、希望の旗印を掲げて出航します。しかし、いつしか性弱説に陥り、営業に必要以上のプレッシャーをかけたり、社員を細かくチェックしたりするようになる。社会ではなく、会社のために仕方がないとやってしまうようになるわけです。

 この数年、道徳経済合一説を唱えた渋沢栄一氏に注目が再び集まっているのも、経営に心を取り戻そうとしている企業が少しずつ出てきている影響ではないでしょうか。