全員が同じ道を選ぶなら 自分は別の道を行こう

 私の家系は代々起業家で、父も、祖父も、親戚も起業家です。私の夢も会社を興すことで、海外に行きたいとは思いませんでした。最初に選んだ第2外国語はラテン語。使われていない言語ですから海外留学させられる心配がないだろうと選びました。それでも両親は私を、英国の学校のサマースクールに送り込みました。

 そこにはユニークなポリシーがありました。定員が60人程度の中、1国から2人しか受け入れないのです。生まれて初めて見る「世界」でした。ポーランド、グアテマラ、そして日本。様々な国籍の友人ができました。帰国すると、両親はまた私に違う旅をさせようと考え、行き先を決めるよう促しました。

 「全員が同じ道を選ぶなら、自分は別の道を行くべきだ」。そんな私の今のモットーは、当時もう出来上がっていたような気がします。

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