イノベーションは研究と生産技術の境界領域から生まれる

(写真=日本経済新聞社提供)
(写真=日本経済新聞社提供)

 技術者として富士フイルムに入社して、新人研修に参加したときのことです。製造部門の係長が講師として出てきて、「富士フイルムが作っているものが何か分かるか」と言って、黒板に大きく、「信頼」と書いたんです。それを見て感銘を受けて、役員との面談で自ら製造部門を志願しました。

 製造は、研究所が作った設計図を基に商品を作るのが仕事です。ですが、設計図のまま作っても商品にはなりません。設計図に書かれているのは、いわばチャンピオンデータです。例えば、150kmの速球を投げるピッチャーを育てたと研究所が言ってきたとします。エアコンの利いたドーム球場で150kmを投げられるだけでなく、炎天下でも雨が降っても150kmで投げるピッチャーに仕上げなければ商品にはなりません。製造部門に配属されてしばらくして、研究所が作った設計図を尊重しつつ、商品にまで仕上げるのが生産技術者としての自分の義務だと気が付きました。

 研究所と製造では、求められる環境に3つの大きな違いがあります。「場の大きさ」「時間軸」そして「顧客価値」です。

 1つ目は「場の大きさ」の違い。場は大きいほど多因子となり複雑に影響し合います。研究所の環境は小さく理想系に近い。規模が大きい製造現場は典型的な複雑系です。温湿度などの基本条件制御も規模に比例して難しくなります。一見技術とは縁遠いと思われる洗浄作業が品質を左右することも多々あります。実は市場も複雑系です。製造現場は市場での品質トラブルの発見の場でもあるのです。

 2つ目の「時間軸」。製造は一定品質のものを長期間作り続けなければならない。時間がたつと設備も老朽化するし、原材料の品質も変化します。設備や原材料のバラツキで顧客品質がバラついたら生産技術者の敗北です。まして出荷品質を調整して見かけの品質を維持するなどは顧客の信頼を裏切る罪悪です。