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一度は拾った命で 人の役に立ちたい 片田舎から世界を目指す

(写真=伊東 昌信)

 意識が戻り、私は自分が霊安室に寝かされていることに気づきました。26歳、留学先の米国でひき逃げ事故に遭ったときのことです。致命的な重傷で、もう助からないと医者は思ったのでしょう。しかし、私は奇跡的に一命を取り留めた。そのときから、一度は拾った命だと割り切って、自分のやりたい仕事を一筋に、ぶれずにやってこられたのだと思います。

 1974年に創業した中村ブレイスは、義肢や装具などの医療器具を取り扱っています。外反母趾(ぼし)や扁平(へんぺい)足を矯正する靴の中敷きなどの装具から、義肢、人工乳房など、身体の部位を欠損した人向けの人工補正具まで幅広く開発、製造を手掛けています。

 高校卒業後、この分野の会社に就職したのは、病院に勤めていた姉の紹介でした。当時は教科書もマニュアルもなく、工房で先輩たちの仕事を見ながら技術を習得するしかなかった。しかし、世界を見るともっと進んだ技術がある。働きながら専門技術の短期大学を卒業したあと、一念発起して会社を辞め、単身渡米して先端技術を学ぶことにしました。