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若者は人を押しのけても経験を積む気概を持て

 私の社会人生活は、藤沢薬品工業(現アステラス製薬)に就職して開発企画部に配属されたところから始まりました。藤沢薬品の開発企画部は、製薬企業やベンチャー、大学などとネットワークをつくって、開発品の権利を導入したり、共同研究の交渉をしたりする仕事です。この仕事を通して、1970年代の終わりに誕生して間もないバイオテクノロジーと出合いました。

 今はスイスのロシュの100%子会社ですが、遺伝子組み換え技術の発明者の一人である米カリフォルニア大学のハーブ・ボイヤー教授と、ベンチャー投資家のロバート・スワンソン氏が76年に起業したジェネンテックという会社があります。

 この会社との案件が持ち込まれたときに、バイオテクノロジーの分かる人はほとんどいなかったので、「新入社員にやらせてみよう」となったのでしょう。研究所の若手と、開発企画部の私がバイオ担当のような形になりました。