人脈の重要性を与党で痛感 透明性に欠ける安倍政権 おきゅうを据える準備を

(写真=都築 雅人)
(写真=都築 雅人)

 参院議員に初当選したのは1992年。当時はリクルート事件など「政治とカネ」にまつわる問題が噴出し、有権者から強い反発を招いていました。

 永田町に足を踏み入れた私はある自民党議員の言葉に衝撃を受けました。「うちの親分は今、刑務所の塀の上を歩いているようなものだ。こんなことはもう続けられない」。自民党の派閥領袖は、子分を養い権力を握るため莫大な政治資金を集めていました。金権政治からの脱却は待ったなしでした。

 政治が信頼を取り戻し緊張感を保つには、「万年与党」と「万年野党」の構図を変え、政権交代可能な状況をつくらなければならない。そう確信した私は政治・行政改革や自民党に代わる受け皿作りに力を注ぎました。

 民主党の政策調査会長として2009年衆院選のマニフェスト(政権公約)作成を担い、政権交代後は経済産業相に就きました。政権は3年3カ月で終わり反省点は多々あります。それでも、私も含む野党議員が与党を経験した意義は小さくありません。

 強く思い知らされたのは、物事を進めるには人脈が重要だということです。長期政権の間に自民党は中央・地方の各界との間で人脈を張り巡らせています。こういう時には誰を頼り、どこのボタンを押せば物事が回っていくかという仕組みが出来上がっているのです。