歴史を学び、歴史に学ぶ 光の当て方を変え、敗者の真の姿を捉える

(写真=澤木 儀明)
(写真=澤木 儀明)

 「歴史を学び、歴史に学ぶ」。色紙を乞われた時には、いつもこう書いています。場当たり的な対応にとどまることなく、先見の明をもって事に当たるために必要な姿勢だからです。「歴史は鑑」とよく言いますよね。人々が「歴史を学び、歴史に学ぶ」ことができるよう、成功例や失敗例を紹介し、世の中に警鐘を鳴らすことが、歴史家としての使命と考えてきました。

 成功例や失敗例を正しく伝えるためには、その実像を明らかにしなければなりません。例えば敗者にはマイナスの印象が付きまといます。しかし、それはその人物の実像でしょうか。勝者が自らの正統性を訴えるため、敗者を「悪者」に仕立て上げた部分を取り除いて評価する必要があります。

 例えば、織田信長に桶狭間で討たれた今川義元。公家趣味の軟弱大名と見られがちです。しかし、実際には武田信玄や上杉謙信と伍す力のある有力大名でした。義元は、武田と上杉が戦った川中島の戦いの第2次合戦で、両者を仲裁し停戦を実現しています。仲裁は力のある大名でなければできない仕事です。格下では務まりません。

 敗者を正当に評価するためには、その人物に直接関係する史料を読み込むだけでなく、別の角度から見る必要があります。義元の実力の程も、武田や上杉との関係から見ることで浮かび上がってきました。

 「見る角度を変える」という気付きを得たのは、大学院に進学し古文書調査旅行で滋賀県の寺を回った時のことです。ある寺で、私たちがご本尊を拝むと、ご住職がいきなり周囲の戸を閉め、蛍光灯を消し、懐中電灯でご本尊を照らしたのです。すると仏さまが、全く異なる表情を見せました。思わず声を上げそうになりました。