前例や風潮にとらわれず自分の頭で考え抜き決断後はぶれずにやり抜く

(写真=都築 雅人)
(写真=都築 雅人)

 農林水産省の局長・事務次官として農協改革など第2次安倍政権での一連の農政改革に関与しました。既得権やしがらみが色濃く残る産業領域だけに多くの抵抗に直面しましたが、首相官邸や自民党の有力議員の方々などと緊密に連携しながら様々な懸案に一定の道筋を付けてきました。

 私の原点は1989年からの西ドイツ大使館勤務時代に遡ります。この年の11月にベルリンの壁が崩れ、翌90年に東西ドイツが統一しました。私はこのプロセスを目の当たりにする幸運に恵まれたのです。

 まず、東西ドイツの農業を比較しながら見ることができたのは大きかった。西側の農業者が自らの創意工夫で自由に経営していたのに対し東側は集団農場の作業員のようでした。当時の日本農業は農業団体や政治から「もうからない、だから補助金が必要だ」といった発言が繰り返され、コメの生産調整や農産物の販売ルートの規制など有形無形の縛りだらけ。経営の自由がない東側の農業に近いというのが実感でした。

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