仕事とは別に「ライフワーク」を持とう 人生の答が分かる秘訣

(写真=村田 和聡)
(写真=村田 和聡)

 高齢者や患者をケアして治療を手助けするセラピードッグの育成を始めて42年がたちました。殺処分寸前で救い出し、国内第1号に育てた雑種チロリの物語は教科書5冊に掲載され、読書感想文コンクールの課題図書に5年連続で選ばれました。本や映画、切手、銅像にもなっています。

 育成活動のきっかけは、米国でブルースシンガーとして活動していたときに「ライフワークは何?」と聞かれたことです。米国では経済的成功者であっても、「生涯をかけどんな社会貢献をしているか」によって初めて人間的に評価される。すぐに浮かんだのが犬のことでした。その足でニューヨーク・マンハッタンの高齢者施設を訪ね、赤十字マークをつけたセラピードッグが患者に懸命に接する姿に感銘を受けました。「動物介在療法(AAT)」と呼ばれ、米国では歴史ある治療行為です。これを生涯のライフワークにしようと決めたのです。

 犬と音楽に引き付けられた理由は、私自身の「言葉」の悩みでした。重度の吃音(きつおん)で孤独に過ごした子ども時代、寄り添ってくれたのは愛犬でした。祖父に買ってもらったラジオでFEN(米軍極東放送網)を聞くうちに「歌うと言葉が出る」と気付いたことでブルースにものめりこみました。しかし12歳のときに父親の事業が失敗、一家離散で親戚に引き取られました。その際に離れ離れになった愛犬への思いは、ずっと心の奥底に眠っていたのです。

 音楽の仕事とライフワークの掛け持ちは苦労の連続でした。

 16歳でブルースバンドを結成したものの、25歳で結核を患って2年半の療養生活を送ることに。退院後に渡った米国では、居候先の主人から「トオルは白人じゃないから多くの差別を経験するだろう。その厳しさを、魂を歌に込めるんだ」という励ましを受けて、がむしゃらに修業を重ねました。その結果、数人だった観客は数万人まで膨れ上がり、ミスター・イエロー・ブルースの称号を得て全米ツアーを成功させ、凱旋公演も果たすことができたのです。

 日本でのセラピードッグの活動もまた闘いでした。捨て犬、被災犬260頭以上を引き取り、92頭をセラピードッグに育てましたが、いまも道半ばです。それでも活動を始めたときに日本は犬猫あわせて年間約65万頭を殺処分していましたが、現在は約4万頭まで減りました。殺処分ゼロの実現まであと一歩なんです。東京五輪までに何とか実現したいと考えています。