マネジメントに規模は無関係 10人でも1000人でもやるべきことは変わらない

(写真=村田 和聡)
(写真=村田 和聡)

 1999年にいすゞ自動車から日産自動車に移籍し、2017年に専務を退任するまでデザイン部門の責任者を務めました。いすゞも大企業ですが、日産の会社の規模はもっと大きい。「大きな会社に入って苦労したでしょう」とよく言われます。でも実は大変だと感じたことは全然ありません。

 それは若い時からマネジメントの本質に関わる経験をさせてもらったからだと思います。最初の転機がいすゞ時代、29歳で米国のアートセンター・カレッジ・オブ・デザインという学校に留学したことです。世界レベルの生徒が集まる学校ですが、まわりの生徒より経験もあり、首席で卒業しました。自信になりましたが、ほかに得たものも大きい。卒業生は世界の各メーカーの重要なポジションに散らばっています。ライバル企業が何をどのレベルで考えてやっているか想像がつくわけです。

 次の転機が39歳の時でした。1989年に欧州駐在を志願して、1人で現地のデザインスタジオを立ち上げました。ゼロから責任者として英国の若い優秀なデザイナーを採用し、組織をつくりました。コンセプトカーの「4200R」や「ビークロス」といった世界的に評価を得たクルマもここから生まれました。

 29歳で自分の立ち位置を知って、39歳で組織をつくり、運営する。所帯は小さいけれど、そんな経験が後に生きました。むしろ会社の規模が小さいがゆえに任された裁量が大きかった。トヨタ自動車とか日産に行っていたら、そんな経験はできなかったでしょう。

 僕は音楽が好きなので、よくこう言うんですけど、オーケストラの指揮者を考えてみてください。楽器を演奏する人の中から指揮者が出てくるのではありません。「指揮をする」というのは専門能力です。音大時代はアマチュアオーケストラを指揮し、プロとしてより著名なオーケストラの指揮をしていく。

 僕は欧州で10人の組織を立ち上げ、日本に戻って部員が100人とか150人いるデザイン部長になりました。その後、49歳で日産に行って1000人近くいるデザイン部門の役員となりました。人数は増えたけれども、やるべきことは変わらない。戦略を立てて、メンバーとコミュニケーションしながらモチベーションを高める。一方できちんと予算管理もして実績を上げ、信頼を得る。それに尽きるんです。10人をマネージできたら、100人だって1000人だってできる。規模は関係がないんです。