文化大革命の中国で暮らす 社会は一夜にして変わり 大衆は間違うこともある

(写真=竹井 俊晴)
(写真=竹井 俊晴)

 東京五輪が開催された1964年の春、11歳だった私は父母や兄、姉とともに中国・北京に渡り、異国での生活が始まりました。

 父は陸軍士官学校を出た職業軍人で、第2次世界大戦ではニューギニアに派遣されました。ニューギニア戦線に投入された日本軍は20万人以上ともいわれ、そのうち9割以上が亡くなっています。父は九死に一生を得て復員し、母と結婚したのです。

 ニューギニアでの体験を経て、父は戦後、戦争の意味を問い直しました。そして職業軍人としてアジアの人々に多大な迷惑をかけた責任を感じ、元軍人による訪中団の活動に関わるようになりました。その後も日中友好のために活動してきた父は中国政府から中国の放送局での仕事の誘いを受けました。これに応じる形で私たち家族は北京に移り住むことになったのです。

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