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どうするか考える そして手を動かす そうすれば前に進める

(写真=生田 将人)

 8歳のころ、太平洋戦争の終戦直前に、和歌山市の大空襲で家を失いました。

父は出征していたので、自分が祖父母や母、妹を守らなければと思い、家の敷地にバラックを建てました。スコップを手作りし、歩幅で設計図を書いたのです。さらに焼け跡に畑を作ってカボチャやサツマイモなどを育て、これを売ってお金を稼ぎました。

 ある日、母のミシンの動きを見るうち、機械の仕組みをもっと知りたくなり、駅まで機関車の観察に出かけました。帰り道、闇市を通ると、いいにおいがしてきました。天ぷらです。買って食べると、これがおいしい。油は貴重品でしたが、天ぷらを揚げていたおじさんに「出征した父が戦死して」と事情を話し、油を分けてほしいと頼みました。すると、おじさんも復員兵で、戦死した仲間を思い出したのか、油を分けてくれたのです。野菜を天ぷらにすると、本当によく売れました。