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社員と話し込む。それぞれの感性と天分が、会社を救ってくれる

(写真=山田 哲也)

 おやじが早く亡くなったことで、25歳にして繊維問屋の社長を継ぎました。それまで商社で衣料品を担当し、ヒット商品を生み出したところで、大阪の家業に戻ってきた。そうすると、経営が杜撰に見えるんです。そこで、経営書を読み漁り、古い体質の会社に、厳しい計数管理を持ち込みました。得意先を利幅でランク分けして、「ここは切り捨てろ」と。工場でも生産性を毎日、グラフにして貼り出しました。

 その結果、人がついてこなくなってしまった。ベテラン社員からも見放され、結局、会社の営業部門を番頭に譲渡し、工場は売却しました。