折しも、傘の需要が最も高まる5~6月の梅雨シーズンへ向け、大手アパレルなどから受注を獲得して工場へ発注し始めたところ。納入先からは「今さら、別の会社に発注しても間に合わない。何とか商品を輸入できないか」という痛切な声が次々と寄せられた。しかし個人ではどうすることもできない。悩む辻野氏の背中を押したのが、取引先の一言だった。「長年付き合ってきた辻野なら信頼できる。起業するなら応援するよ」。他社からの転職オファーも来ていたが、部下2人とともにアンベルを立ち上げることを決めた。
「本来、創業から数年の実績がないと取引ができない大手アパレルにも、特例でこれまで通りの付き合いを認めてもらえた」(辻野氏)。ただ、老舗の看板という後ろ盾を失ったのは事実。新興メーカーとして生き延びるには、新たな強みを打ち出す必要があった。
辻野氏によると、傘の競争軸は主に、デザイン、ブランドライセンス、価格の3つ。しかしデザインは競争が激しく、ブランドライセンスには資金が必要なうえ、人気が下がれば在庫リスクを抱えることになる。小さなメーカーは大量発注できず、価格勝負も難しい。
商品を看板にネットで営業
そこでアンベルが選んだのが機能性による差異化だ。業界では縫製会社に企画を丸投げするのが一般的だが、辻野氏は骨や生地のメーカーにも通い「具体的な要望を直接伝えて、同業他社にはない提案を引き出す」(辻野氏)。冒頭の折り畳み傘で、軽量化のために骨をスチールではなくカーボンファイバーにし、生地の繊維も細くできたのは、こうした取り組みがあったからだ。
アンベルはこうした開発ストーリーや、第三者機関による検証結果をウェブサイトで公開。世界最軽量級の傘を「看板商品」に据えたところ、開発力がある会社と評価され、新規の問い合わせが週1~2件舞い込むようになった。
飛び込み営業とは異なり、アンベルの強みを知ったうえで問い合わせしてもらえるため、成約率は3割程度と高い。クラウドファンディングを活用するのも、目新しい商品を探しているバイヤーが日々チェックする場だからだ。
●アンベルの売上高推移

アンベルの従業員は、辻野氏を含めてわずか5人。ネットと独自商品を駆使した効率的な営業で、初年度から黒字経営を続けているという。21年1月期の売上高は前期を下回る見込みだが「取引先との関係で売り上げの計上がずれたためで、収益は安定している」(辻野氏)。高機能な独自商品と、在庫リスクを抱えることなく安定した収益が得られるOEM商品の両輪で、さらなる成長を目指す。
アンベル 2016年設立
|本社|名古屋市中区丸の内2-10-11 リブラ丸の内6-401
|資本金|300万円
|社長|辻野 義宏
|従業員数|5人(2020年1月期)
|売上高|2億1380万円(同)
|事業内容|洋傘の製造・企画・輸入・販売
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