電力制御などに使うパワー半導体の次世代材料として窒化ガリウム(GaN)が注目を浴びている。高い省エネ性能を持つ「脱炭素時代の申し子」で、日本製鋼所や住友化学子会社は量産準備に入った。世界のテックジャイアントなど大口の最終顧客をどこまで引き付けられるかが収益化のカギを握る。

 北海道室蘭市のはずれに位置する日本製鋼所(JSW)子会社の日本製鋼所M&E(JSWM&E)。ここは知る人ぞ知る鍛造の“聖地”だ。

 工場には世界に類を見ない1万4000トンの超大型鍛造プレス機が鎮座し、オレンジ色に燃える巨大な鋼の塊をたたく。成形されるのは、火力発電所の発電ローターやタービン部材、原子力発電プラントの圧力容器などの巨大な鋳鍛鋼品。日本でもこの類いの逸品を造れるのはこの地だけだ。

 だが、今回工場を探訪した目的は別にある。この鋳鍛鋼品の技術を母に生まれてきたGaN材料の基板だ。

 GaNはガリウムと窒素の化合物で、ガリウムナイトライドとも呼ばれる。この化合物の基板は主に大電流で高い電圧に耐えられるパワー半導体の材料として需要が眠っている。省電力につながる照明やレーザーのほか、サーバーや高速通信規格「5G」基地局の電源、通信機器などに用途がある。さらに、ロボットや電気自動車(EV)向けなどにも有望だ。

 現在、半導体材料の主流であるシリコンと比べればその優位性は圧倒的だ。電力損失は85%低減でき、高電圧に耐えられる性能も10倍。1000分の1に小型化しても同じ性能を引き出せる。

電力損失の低さが特徴

[画像のクリックで拡大表示]

 GaNと同じく次世代材料と目され、量産で先行する炭化ケイ素(SiC)に対しても、電力損失の低さなどで上をいく。その省エネ性能は、まさに「脱炭素時代の申し子」だ。

 JSWグループは、GaNのインゴット(塊)の製造とインゴットをスライスして基板にする技術を持つ。目を見張るのは、GaNの種からインゴットに結晶成長させるために必要な「オートクレーブ」と呼ばれる炉までも開発でき、すべての工程を垂直統合で手掛けられるところにある。

 「狙い通りのGaNを作るためにオートクレーブからできるのは世界でも当社だけ」。JSWの三戸慎吾取締役常務執行役員はこう胸を張る。

 多結晶のGaNを単結晶に成長させるうえで、オートクレーブにかかる圧力は、400メガパスカル。これは「1m2に東京スカイツリーの鉄骨ほどの荷重がかかる計算になる」(同社)。炉内の温度はセ氏500〜700度に達する。こうした高温高圧に耐えられる「ニッケル基超合金」の材料開発や炉に成形する鍛造技術は、並大抵の力では確立できない。では、なぜJSWはできるのか。それは長年培ってきた技術を絶やすことなく、成長市場を探り当てながら進化させてきたからだ。

 GaNの炉のルーツは、人工水晶炉だ。JSWグループのファインクリスタル(室蘭市)が手掛け、人工水晶用の炉でシェア100%。人工水晶そのものも1988年から製造しており、カメラ向けなど名だたるデバイスメーカーに供給している。

 JSWは虎の子の製造ノウハウを他にも転用できないかと市場にアンテナを張っていたところ、GaNをキャッチ。コンピューターによる炉内の応力解析など、蓄積した技術にも磨きをかけ、2007年にプロトタイプのオートクレーブの開発に成功した。

次ページ 戦艦の砲身製造技術も応用