「DX(デジタルトランスフォーメーション)で遅れてるってよく言われますね」トヨタ自動車のある技術者はこうつぶやく。言葉にはしないが、発言の裏に異議のニュアンスを感じた。関係者に取材を進めてみると、新型車の開発現場から“トヨタ流DX”の一端が見えてきた。
走りの大部屋──。こう呼ばれる取り組みがトヨタにある。
「あっ」。トヨタの「下山テストコース」でテストドライバーが言葉を漏らす。ドイツのニュルブルクリンクを意識した約75mの高低差と多数のカーブを備える難コースで評価しているのは、トヨタが次世代レクサスの第1弾と位置付けた新型SUV(多目的スポーツ車)「レクサスNX」の試作車だ。
その様子を固唾をのんで見守るのが、50人を超えるレクサスNXの開発陣である。ただし、彼らの視線の先にあるのはパソコンの画面だ。

開発陣は試作車の車内に1台のスマートフォンを取り付けて、オンライン会議を開始した。会議の参加者はレクサスNXの開発担当者たちだ。テストドライバーによる試作車の評価を中継し、50人超が疑似的に同乗したわけだ。
「最悪な状況を何とかしようと始めたことだったが、今後の開発にもつながる取り組みになった」。新型レクサスNXの開発責任者、加藤武明氏(Lexus International製品企画チーフエンジニア)はこう振り返る。

同氏が言う最悪な状況とは、新型コロナウイルス感染症のまん延である。新型レクサスNXは、2021年6月に世界初披露する計画で開発を進めていた。試作車を囲み、膝を突き合わせて議論を深めたかったが、多くの開発陣が自由に移動するわけにもいかなかった。その打開策の一つとして実施したのが、オンラインでの中継だったのだ。
試してみると、「昔のやり方よりいいと思えることがあった」(あるレクサスNXの開発担当者)。開発現場でありがちな、伝言ゲームによる認識のズレを減らせたという。
「あっ!」か「あっ……」か
試作車に同乗できる開発者の数は限られる。同乗担当者がドライバーに改善点を聞きつつ、しぐさや表情を観察する。それを基に、エンジンやサスペンション、ボディーなどの各担当者にフィードバックする。
その過程で、テストドライバーが「ちょっと直してもいいかも」程度の気持ちで発した言葉が、「必ず修正すべし」といった強い指示に変わることもあるようだ。疑似的な同乗であれば、開発陣はテストドライバーの言葉を直接受け取れる。これで、誤解による余計な手戻りが減った。
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