製造業において人工知能(AI)を役立てる動きが広がっている。熟練者が持つ技術の伝承でもAIを活用した仕組み作りが進む。2社の事例から技術伝承に役立つAI活用を探る。

 トヨタ自動車九州(福岡県宮若市、以下トヨタ九州)は「レクサス」を生産する宮田工場(本社工場)で人工知能(AI)を活用した完成車の車内異音検査システムを導入し、2021年8月に稼働させた。熟練検査員の聴力に頼っていた検査を自動化。検査員の負担を軽減する。

かすかな異音も許さない品質

 検査対象となる車内異音とは、走行中にドライバーや同乗者の耳に届く音のうち、路面の凹凸に起因する「カタカタ」という異常な音のこと。エンジン音やロードノイズ、エアコンの動作音などは含まない。車体の振動により部品が共振した際、部品に微妙な形状のばらつきや取り付け不具合などがあると、部品同士が接触して発生する。

 ただ、異音はめったに発生しない。異音の可能性があると判定される車が100~200台に1台。そのうち、再検査で異音だと認められる車はほとんどないというほどだ。

 同社は15年に工場建屋内で異音検査が可能な設備「ラフロードテスター」を開発。この設備の上で車両を約35秒間自動走行させて車内異音を調べる。検査位置への移動も含めると、タクトタイムは1分だ。これまでの車内異音検査は検査員が車に乗り込んで、自分の耳で聞いていた。検査中の車内には、シートにかぶせたビニールがこすれる音など、「異音と関係がない音」も発生する。検査員は車内で揺さぶられながら聞き耳を立て、そうした音に異音が混ざっていないかを判断していた。

AIによる車内異音の検査結果を表示したスマートフォン
トヨタ九州では、レクサスの全車種、全車両に対して実施している車内異音検査をAI活用で自動化した
<span class="fontSizeL"><span class="textColTeal">AIによる車内異音の検査結果を表示したスマートフォン</span></span><br />トヨタ九州では、レクサスの全車種、全車両に対して実施している車内異音検査をAI活用で自動化した
(写真=トヨタ自動車九州・スカイディスク提供)
「ラフロードテスター」の上を検査走行中のレクサス
車輪の下にさまざまな路面の状態を模した凹凸のローラーがあり、屋内の定位置で車内異音を検査できる
<span class="fontSizeL"><span class="textColTeal">「ラフロードテスター」の上を検査走行中のレクサス</span></span><br />車輪の下にさまざまな路面の状態を模した凹凸のローラーがあり、屋内の定位置で車内異音を検査できる
(写真=トヨタ自動車九州提供)

 21年8月、その検査体制は一変した。ラフロードテスターの上まで車両を進めると検査員は下車。バイノーラルマイクとスマートフォン(スマホ)を組み込んだ異音判定用の機器を運転席のヘッドレストに引っかける。車内が無人の状態での自動走行が終わると、検査員が機器を取り外して車両をラフロードテスターから次の工程へと移動させる。