絵画や彫刻、建造物など、様々な文化財をデジタル化する取り組みが進んでいる。カメラやスキャナーの性能進化に伴い、デジタルデータによる複製品の品質も向上。VRの活用など、複製品だからこそ可能な鑑賞体験を提案する試みも広がっている。

<span class="fontBold">NTT東日本主催の展覧会の様子。浮世絵の高精細複製品が展示されている</span>
NTT東日本主催の展覧会の様子。浮世絵の高精細複製品が展示されている

 ずらりと展示された色彩豊かな浮世絵。並んでいるのは、江戸時代を代表する浮世絵師、葛飾北斎と歌川広重の作品だ。

 ただし、いわゆる展覧会とは少し様子が違う。ある作品の上にはルーペが設置され、細部をじっくりと観察することができる。別の場所では作品の上にプロジェクターで映像が投映され、悪天候を描いた風景の中で、雨風のアニメーションが動き出す。

 展示されている作品は全て、精緻に作られた複製品(マスターレプリカ)だ。一見すると和紙に刷られた本物のようにも感じるが、よく見るとツルツルとした紙に印刷されたコピーだと分かる。本物の浮世絵では、退色が進むため強い光を当てることはご法度だが、レプリカならばこうした大胆な展示も問題ない。

 展示会を主催したのはNTT東日本。2020年12月に文化芸術のデジタル化に取り組む新会社、NTT ArtTechnology(東京・新宿)を設立した。同社の国枝学社長は「一つの作品をじっくりと鑑賞する、デジタルとの融合で作品の世界を体感するなど、複製だからこそできる新たな鑑賞体験がある」と期待を寄せる。

データからの新発見

 絵画や彫刻、古文書など、文化財をデジタルデータとして記録し、利活用を進める動きが活発化している。

 画家の技術向上や作品の研究といった目的で世界的な名画を模写するなど、複製品の製作自体は古くから行われてきた。その後、デジタル技術の進展により、カメラやスキャナーを活用した記録・複製が普及した。

 デジタル化の目的はいくつかある。作品を長期間展示すると劣化が進むため、展示を複製品で代替したいというニーズは大きい。また、保管には設備や費用が必要なため、原本の管理を博物館などに委託し、手元に複製を残したいという保有者も少なくない。水害や火災などで作品が被害を受けた場合を想定し、バックアップとして記録する意義もある。

 こうした背景から文化財をデジタル化する動きは広がり、新たな鑑賞体験の提案など、文化財を利活用する幅も広がってきた。

<span class="fontBold">大阪浮世絵美術館が所蔵する歌川広重「蒲原 夜之雪」の一部分。屋根に積もる雪は角度によって光って見える</span>
大阪浮世絵美術館が所蔵する歌川広重「蒲原 夜之雪」の一部分。屋根に積もる雪は角度によって光って見える

 高精細なデジタルデータを作成することで、思いがけない成果がもたらされるケースもある。「屋根に降り積もる雪が、特定の方向から鑑賞した場合だけ光って見えることが分かった」。冒頭の展覧会で複製を請け負ったアルステクネ(調布市)の久保田巖社長はこう話す。

 新発見があったのは、歌川広重の連作、東海道五十三次の「蒲原 夜之雪」という作品だ。記録にはスキャナーを用い、和紙の繊維の質感を捉えるために様々な角度から光を当てて複数枚の画像を取り込んだ。それらを組み合わせて独自の手法で1枚に画像処理することで、微細な凹凸を再現していった。

<span class="fontBold">浮世絵の高精細な複製品を製作するアルステクネの久保田巖社長。製作には作品や作家に対する知識も求められる</span>
浮世絵の高精細な複製品を製作するアルステクネの久保田巖社長。製作には作品や作家に対する知識も求められる

 このように、作品データを細かく取得する過程で、見る方向によって「雪の光り方」に微妙な違いがあると気が付いた。「複製はよくできた偽物ではなく、本物を伝達するためのメディア。肉眼を超える新事実が明らかになることもある」(久保田社長)

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