人間の感性に働きかけることで、商業施設やオフィスなどの空間の価値を高めようとの動きが広がってきた。可視光をコントロールするフィルムやミストに映像を投映できる装置など、その手段は様々。コロナ禍で外出が制限され実空間の意義が改めて問われたことで、こうした「空間テック」の普及が進みそうだ。
リゾートホテルから眺めるオーシャンビュー。海岸から見た海はやや緑がかっていたが、部屋の窓からはなぜか鮮やかなターコイズブルーに映る。海の青色の部分を濃く鮮明に見せているのが、三井化学と空間デザインを手掛ける丹青社が開発した「ポジカフィルム」だ。
両社は人間の感性や感情に訴える素材の開発や社会実装を目指しており、2021年5月に発表したポジカフィルムは協業の第1弾となる。三井化学合成化学品研究所の西本泰三主席研究員は「人間は8割の情報を視覚から得ている。五感の中でも視覚に着目しフィルムを開発した」と話す。
人間の視覚情報には、光が大きな影響を与える。太陽やライトなどの光源から出た光は物にぶつかると、様々な方向へと反射する。反射した光を目で受け止めることで、人間は物体を認識する。ポジカフィルムが対象物をくっきりと見せるのも、反射して目に入る光の色を調整する機能を持っているためだ。
人間の目の「限界」を活用
光は電磁波の一種で波の性質を持ち、人間の目に見える「可視光」の波長はおよそ400~770ナノ(ナノは10億分の1)メートルだ。同じ光でも、虫が見えている紫外線、また電波などはこの範囲に入らないため、人間の目には見えない。
可視光の波長を長さの順に見ていくと、一番長いのは赤、そしてオレンジ、黄、緑、青と続き、紫色が一番短い。ポジカフィルムは黄色の波長部分にあたる550~650ナノメートルの光だけを吸収する化合物をフィルムに混ぜ込み、黄色の波長をカットする。風景や物体のくすみを和らげ、よりくっきりと見えるようにする。
●「ポジカフィルム」の仕組み

「窓に貼れるような耐久性のある素材と化合物が合うかどうかなど、よいあんばいの材料を見つけることが開発のポイントだった」と西本氏は話す。仮に黄色の光の波長を吸収できても、フィルムに使う材料の分子が壊れてしまえば効果がなくなってしまう。過去の素材開発のノウハウや候補となる物質を見つける計算化学を駆使しながら、膨大な材料の中から適切なフィルム素材を見つけ出した。

ポジカフィルムは主にホテルや結婚式場、展望台、水族館など、大型の窓があり景観が重要な施設での需要を見込んでいる。商品のパッケージにも活用でき、メガネに貼れば読書の際に文字がはっきりと見えるようになるなど、建物以外での用途も想定される。

新型コロナウイルスの感染拡大とそれに伴う働き方の変化により、新たな需要を見込むのがオフィスビル向けだ。丹青社の企画開発センター企画部の菅波紀宏部長は「在宅勤務の増加で会社に行くことが特別になるなか、窓からの景色を良くするなど特別なオフィス環境にしたいという企業側のニーズがある」と話す。日常的に使うとは限らなくなったからこそ、居心地のよい空間にするというわけだ。
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