IoT(もののインターネット)の広がりによって、手に入れられるデータの種類・量が急増。データに基づいて製造業の抱える課題を解決するデータサイエンティストの重要性が高まっている。ものづくりの現場を変えるには数学的/統計的な分析能力だけでなく現場力が必要だ。

開発のアプローチが従来と違う
●「データドリブン」で帰納的な新商品・サービス開発
開発のアプローチが従来と違う<br><small> ●「データドリブン」で帰納的な新商品・サービス開発</small>
ビッグデータやAIの活用により、データの蓄積と分析で得た知見を根拠とした開発が可能になる。既存の機械製品の製品開発のように、理論を積み上げる方法を補完できる
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 「数年前に比べてデータ活用の状況が変わってきた」と指摘するのは、デンソー生産技術部Factory IoT室データ解析課担当次長技師の吉野睦氏。「系よりも個」、すなわち工場IoTであれば、工程の状態を示すデータ(系)より、個々のワークがどうなっているか(個)を示すデータに重点が移りつつあるという。

 背景にあるのはデータをきめ細かく取得する技術の発展だ。加えて膨大なデータ(ビッグデータ)を蓄積・処理する技術も進む。ID(個体識別番号)にひも付いたデータは、数が膨大になるだけでなく変数(特徴量)の種類も膨大(高次元)になる。これにより、従来は得られなかったような知見がデータから得られる。いわゆる「データドリブン」といわれる考え方で、大量に観測されるデータから知見を帰納的に導き出す。これまでの理論を積み上げて現象を証明するのとは異なったアプローチだ。

計算が難しい複雑系に役立つ

 研究開発、生産、顧客先での製品の稼働管理などのものづくりの各分野で「既存の限界を超える手法として新鮮味を感じてもらっているようだ」と三菱ケミカルホールディングス(HD)でデジタルトランスフォーメーショングループのチーフコンサルタントなどを務める磯村哲氏は話す。

 三菱ケミカルHDの場合、傘下には製薬会社があり、長年の経験を積んだデータサイエンティストがいた。複雑な統計モデルを作成する手段として機械学習に取り組んできたなどの経験を持つ人が多い。

 2017年に発足したデジタルトランスフォーメーショングループには、これらのデータサイエンティストが集まった。データサイエンス、AI(人工知能)といった最新デジタル技術の応用普及を通して三菱ケミカルHDグループ全体の変革を推進する役割を担う。

 データサイエンスが特に生きるのは「理論をそのまま適用しにくく、シミュレーションなどの計算が難しい複雑系」(磯村氏)だ。典型的な例が新薬の開発であり、例えば病変を拡大する特定のたんぱく質と結合して働きを阻害する薬について、それが効くかどうか、安全かどうかは、最終的には多数の投与例のデータから帰納的に説明するしかない。メカニズムの説明ではなく、データで統計上有意な結果が得られるかを数値で判断する。

 材料開発へのデータサイエンスの応用を目指して、三菱ケミカルHDでは18年6月に「マテリアルズ・インフォマティクスCoE」がスタート。「傘下のグループ会社やアカデミアを含む社外パートナーが有する技術を結集。材料開発期間の短縮と新規材料設計を早期に実現するためのグループ横断的なチーム」となった。その手段が傘下の三菱ケミカル(MCC)などが培ってきた量子化学計算や分子動力学、分子シミュレーションなどの計算化学と、データサイエンスや機械学習との組み合わせだ。

 19年6月には、MCCが情報・システム研究機構統計数理研究所との共同研究所部門設置で合意。計算化学技術をデータサイエンスでさらに強化する考えだ。

共同研究もスタート
●三菱ケミカルと統計数理研究所の取り組み
共同研究もスタート<br><small> ●三菱ケミカルと統計数理研究所の取り組み</small>
「データサイエンスと計算化学を組み合わせて、革新的な材料を見いだす物質探索アルゴリズムを構築する」としている
出所:三菱ケミカルホールディングス
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