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エレクトロニクス技術を活用し、センシング(感知)した情報に基づいて身体の機能を補う「バイオニック医療」。補助人工心臓、ロボット義手など、さまざまな分野で技術開発が進んでいる。再生医療とともに近未来の医療をリードするバイオニック医療の最前線を紹介する。

 さまざまな分野で開発が進むバイオニック医療のうち、特に進化が著しいのが糖尿病治療用デバイスの「インスリンポンプ」だ。スマートフォンほどのサイズの携帯型ポンプから、皮下に留置した細く柔らかい管を通してインスリンを持続的に注入する。血糖コントロールが不十分な患者や、より厳格なコントロールを目指す患者が対象になる。患者の状態に応じて設定した速度で持続的にインスリンを注入する(基礎インスリン)とともに、食事の前にポンプのボタンを操作して追加インスリンを注入する仕組みだ。

糖尿病治療デバイスは完全自動運転化を目指す
●インスリンポンプ開発の道のり

“自動運転”化近づく

 基礎インスリン量は30分ごとに調整できるので、低血糖が起こりやすい時間帯には注入量を減らす設定も可能だ。しかし、これまでは睡眠中に気付かないまま深刻な重症低血糖に進展する危険があった。

 その予防に威力を発揮する、“自動ブレーキ”を備えたインスリンポンプが2018年に発売された。日本メドトロニックの「ミニメド640Gシステム」だ。腹部などに装着したセンサーで、皮下組織の間質液中のグルコース濃度をモニタリングし、低血糖を起こす可能性が高いと判断すると、自動的に基礎インスリン注入を一時停止する。「今やインスリンポンプは“自動ブレーキ”が装備される時代。“自動運転”化も実現にかなり近づいた」。東京慈恵会医科大学糖尿病・代謝・内分泌内科主任教授の西村理明氏はデバイスの進化を自動車開発になぞらえてこう語る。海外では、低血糖を予測してインスリン注入を止めるだけでなく、高血糖を予測してインスリン注入量を増やす「完全自動運転」のデバイスも実用化されている。

 バイオニック医療のうち「補助人工心臓」では、使用範囲が拡大しつつある。補助人工心臓はポンプ本体を体内に植え込み、心臓の機能を補う。従来その植え込みは、心臓移植のレシピエント(移植候補者)登録をした患者の待機中に限って保険適用とされていた。日本では深刻なドナー不足から、心臓移植の平均待機期間は5年弱と長く、待機患者の多くは待機中に補助人工心臓を植え込んでいる現状がある。心臓移植のレシピエント登録ができるのは64歳まで、補助人工心臓の適応も65歳未満などの制限が付いている。

補助人工心臓の開発が進む
●補助人工心臓植え込み後の生存率曲線
出所:J-MACS Statistical Report(写真=各社提供)

 対象患者を広げようと、植え込み型補助人工心臓の一つ「HeartMate2」で心臓移植適応外の患者における長期在宅治療(DT)を目的とした治験が16年にスタート。既にフォローアップを終えており、承認申請準備中だ。「順調に手続きが進めば、20年の早いうちには適応拡大が認められるだろう」と大阪大学大学院医学系研究科心臓血管外科教授の澤芳樹氏は期待する。適応拡大で対象患者は倍増するともいわれている。

 日本における植え込み型補助人工心臓使用例の1年生存率は約90%で、3年でも80%に近い。DTでは補助人工心臓を植え込み後、5年程度使い続けることが目標だ。

 最近、補助人工心臓の装置は大きく進化。ポンプは小型化し、羽根車と軸部を非接触にすることで血栓形成を予防可能になっている。電力供給のため、完全植え込み型には至らないが、電力供給用の配線の出口を従来の腹部でなく、耳の後ろに置くことで感染リスクを減らす機種も海外では実用化している。耳に配線を置くことで患者が入浴時に湯船につかることも可能だ。

日経ビジネス2019年10月21日号 72~74ページより目次