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人類にとって最大の脅威ともいわれる「がん」の治療技術で大きな変革が起こっている。本来持つ免疫力を利用するだけでなく、遺伝子の改変でそれをさらに強くするというものだ。治療方法を一変させる可能性のある検査方法も登場。がん克服が遠い未来の話でなくなりつつある。

がん治療は間接的に攻撃する方法へ
●がんの従来治療と最新治療の比較
(写真=Science Photo Library - STEVE GSCHMEISSNER./Getty Images)

 「ほかに治療法が見つからなかった患者さんを救える可能性がある」。北海道大学血液内科の豊嶋崇徳教授は、今年4月の記者説明会でがんの新たな治療法をこう表現した。豊嶋教授が期待を寄せるのが、今年3月に日本で初めて承認された「CAR-T細胞療法」だ。

 白血球の一種「T細胞」の細胞の表面に「CAR」と呼ばれるアンテナを作る技術で、このアンテナががん細胞を認識する。身体の中の異物を排除するT細胞にアンテナを作る遺伝子を組み込むと、T細胞の表面にアンテナができ、より多くのがん細胞を効率的に攻撃できるという仕組みだ。

 このCAR-T細胞療法ではまず、がん患者からT細胞の入った血液を取り出し、専門の研究施設へ送る。そこでアンテナを作り出す遺伝子を持った特殊なウイルスに感染させるのだ。

 ウイルスはT細胞の中に入ると自身の持つ遺伝子を放出し、それがT細胞の遺伝子の中に組み込まれる。ウイルス自体は無毒化されており安全性は確保されている。液体窒素でT細胞を冷凍保存して患者の元まで輸送し、解凍して身体に戻す。

治療開始後の生存率2倍に

 この治療法は現時点では血液がんの一種に用いられるが、いずれは肺がんなどの別のがんにも応用できると見込まれている。小さな細胞ではあるものの、患者の身体により強い能力を与えることから「サイボーグ白血球」とも表現される。

 この原理を応用した薬としては、スイス・ノバルティスが開発した「キムリア」が有名だ。武田薬品工業や小野薬品工業など国内製薬大手も研究に取り組んでおり、世界中で開発競争が繰り広げられる。

 CAR-T細胞療法が注目を集めるのは治療効果が高いためだ。従来の抗がん剤では治療開始から12カ月時点での生存率は約25%だったが、CAR-T細胞療法は約50%まで延びたという試験結果がある。

 がんの治療薬は近年まで選択肢が限られていた。「プラチナ製剤」や「アルキル化薬」といったがん細胞の増殖を抑える薬が代表的な治療薬とされてきた。しかし、こうした薬剤は正常な細胞にも影響し、重い副作用がある。

 がん細胞は「無尽蔵に分裂する」という点では異常だが、細胞分裂する仕組みそのものは正常な細胞と同じ。正常な細胞のいる場所を押しのけて占拠するように増殖し、内臓に穴を開けたりホルモンを作れなくしたりする。

 細胞の遺伝子はDNAにまとめられている。2重らせん構造のDNAがほどけて1本ずつに分かれ、それがコピーされて2つのDNAが組み上がって2つの細胞に増える。この分裂の仕組みにフォーカスしたのが従来の医薬品だ。

 例えば1980年代以降に登場したプラチナ製剤は、DNAの特定の2カ所に結合してDNAがほどけるのを阻止する。がん細胞の分裂は止まるものの、製剤はがん細胞だけを認識できないため正常な細胞にも働いてしまう。がん治療薬の副作用で一般的とされる抜け毛は、分裂の抑制が毛根の細胞に作用した結果だ。重篤な副作用のために投薬を中止せざるを得ない場合もあるなど、大きな課題となっていた。