「秘伝のタレ」。三菱ケミカルホールディングス(HD)会長の小林喜光さんは、日本の製造業の技術力をよくこう表現します。老舗のうなぎ店が創業から何十年も継ぎ足し、継ぎ足して作るタレは、他の店がまねできない深い味わいを醸し出します。かつて日本勢が台湾勢に駆逐された光ディスクの世界で、三菱ケミカルの色素材料は秘伝のタレとして業界標準を握りました。

 今週号の特集は「ニッポンの異能ベーション」。日本が技術立国といわれた時代が遠い昔になりつつある中、世界に注目される異能な技術が日本に芽生えています。脱炭素、自然災害、食糧問題……。人類が抱える課題解決に役立つ技術の多くは、日本企業が地道に鍛えてきたモノづくりの技です。

 経営学者の橘川武郎氏によると、1990年代以降に日本が輝きを失ったのは「米シリコンバレー発のブレークスルー・イノベーションと、中韓台の破壊的イノベーションの挟み撃ちにあったため」といいます。日本が得意とした持続的な品質改善による「累積的、連続的なイノベーション」は、デジタル化というゲームチェンジの中で競争力を失いました。

 しかし、世界は気候変動への対応という新しい時代に入ります。そこでは「秘伝のタレ」のような日本型イノベーションが力を発揮するはずです。

 今週号の「賢人の警鐘」は6月に東京電力HD会長に就任する小林さんの最終稿です。2年間、「地球もステークホルダー」など示唆に富む言葉を数多く頂きました。これからも新しいタレを継ぎ足していきます。

日経ビジネス2021年5月31日号 7ページより目次

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