偉大なイノベーションには相応の苦労がつきものです。産業革命の中心的なイノベーションである高効率蒸気機関を発明したジェームズ・ワットもずいぶん苦労したようです。

 ワットが蒸気機関の研究を始めたのは1760年ごろ。ニューコメン機関と呼ぶ旧来型はすでに炭鉱の余分な水をくみ出すために使われていましたが、動かすのに掘り出す石炭の3分の1を消費するというひどい欠点がありました。

 独自の新たな蒸気機関の開発に乗り出したワット。頭を悩ませたのは資金不足でした。友人から借金もし、資金稼ぎに土木技師など本業以外の「アルバイト」もせざるを得ない状態だったようです。パトロンだった実業家は開発途中で破産してしまいました。

 ワットは新たなパトロンの下で燃料使用量が旧来の4分の1となる技術を確立します。1号機の完成は1776年。研究開始から15年ほどが経過していました。パトロンと設立した会社で自社製造を始めたのは、さらに20年近く後。数多くの失敗を経た結果です。

 今号の特集テーマは「脱炭素」。産業革命によって大量排出が始まったCO2の削減に向けて世界がようやく本腰を入れ始めました。欧米は早くも脱炭素を貿易の材料にする勢いです。日本は何とかカーボンニュートラルを実現しなければCO2削減をネタに富を奪い合う「環境戦争」で不利益を被る可能性もあります。実現には産業革命級のイノベーションが不可欠な情勢です。失敗を許容する土壌と我慢強いパトロンがどうしても必要に見えます。

日経ビジネス2021年3月8日号 7ページより目次

この記事はシリーズ「編集長の視点」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。