またやられてしまうのではないか──。そんな嫌な思いが拭いきれません。電池の話です。分断する世界で数少ない共通目標となりそうな脱炭素。それに向けたキーデバイスである「電池」で日本はまた半導体や液晶、家電などと同じ轍を踏まないかと心配です。

 世界で初めて乾電池を発明したのは屋井先蔵さん。1887年のこととされます。ボルタを祖とするそれまでの蓄電池は液体式で、電解液が凍結してしまうほか、手入れなどが面倒でした。屋井乾電池は極寒でも凍らないため日清戦争で軍が使用し「満州での勝利はひとえに乾電池によるもの」と新聞の号外に報じられたそうです。

 屋井さんは時計店の丁稚上がり。正確な時を刻む電気式時計を作ろうと昼はおもちゃ工場で働き、夜は自宅の長屋で研究の日々。貧しい生活の中、世界に挑戦し、偉業を達成しました。

 ただ、乾電池特許の出願費用がなかったためドイツ、デンマークに先行され、日本での特許第1号も別の人になってしまいました。事業も一時は順調だったようですが、第2次大戦後には消滅しています。

 今号の特集は日米欧中で繰り広げられる「電池戦争」。目下の主戦場である車載用では優勢だった日本企業の地位が揺らいでいます。屋井さんはそんな日本勢に2つの教訓を残してくれています。無謀とも思える挑戦が壁を打ち破ること。1着になっても安泰ではないこと──。2つを合わせると大事なのは、順位に関係なく常にがむしゃらに挑戦を続けること。まだ守りに入る時ではありません。

日経ビジネス2021年2月8日号 7ページより目次

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