「私は寝てないんだ」と言って非難された雪印乳業の社長を少し気の毒に思って見ていました。2000年夏。1万人を超す食中毒事件を起こした同社は度重なる謝罪会見を迫られていました。「寝てない」は7月4日の会見を1時間で打ち切った後のエレベーターでの発言。いわば非公式の場の発言で足をすくわれました。目を覆いたくなったのはその前の7月1日の記者会見。

 社長らは深々と頭を下げて謝罪し、「(食中毒の原因となった)菌は目で見ても分からなかったはず」と言いました。ところが2時間に及ぶ会見の終わり際に工場長が「目で見て分かった」とその発言を覆します。「工場長、それは本当か」と社長は驚き、絶句します。事業部門が商品の自主回収を決めたことも知らされていませんでした。

 社長は財務畑出身。現場の事情がよく分からず、製造部門などから「大したことはない」と丸め込まれていたのではないかと想像します。ファイナンスが分かっても、事業を理解し信頼を得なければトップは務まりません。

 雪印を創業した黒沢酉蔵さんは足尾銅山の鉱毒問題で農民の救済活動をして監獄に入りました。企業が起こした事件を憎み、雪印では衛生や品質のために工場全員が丸刈りで、全社員に禁酒禁煙まで誓約させていたそうです。時代に合わせてルールは変わるでしょう。しかし、創業者の精神までを忘れてしまったことが雪印にとっての問題だったのではないかと思います。

 今号の特集は「謝罪」。その背後にあるドラマはそれぞれ、経営に大切なものを教えてくれます。

日経ビジネス2020年12月21日号 7ページより目次
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