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 大の大人の名誉欲を巡る争いは、はた目には幼稚園児のケンカにしか見えない時があります。かつて繰り返された関西財界のケンカもそう見えました。

 大阪商工会議所の会頭の座を争って1960年、81年に激化したケンカは大商戦争と呼ばれました。私が取材したのは90年代の関西経済連合会の会長人事。94年に退任した東洋紡の宇野収さんが住友電気工業の川上哲郎さんを後任会長に指名したのが発火点でした。

 関西電力にお鉢を回すのが順当だと誰もが思っていた中での驚きの指名。実は川上さんの前に住友金属工業に打診しましたが、住金は関電に気を使って固辞しました。同様に固辞すると思われた川上さんが引き受けたことで、関電はキレてしまいました。

 関電は関西財界の最大スポンサーであり、住友電工の主力事業だった電線の大発注主でもありました。奉加帳の書き込みを渋る、発注を減らすなど公私ともの攻撃が続き、副会長人事も難航。川上さんはわずか2年半ほどで辞任表明を余儀なくされました。

 GDPに占める関西圏の比率は一時20%を超えたものの、川上さんが辞任した直後から17%を割り、以降16%前後と人口の全国比さえ下回ったままです。ほぼ右肩上がりで3割を優に超える首都圏との差は広がる一方。バブル崩壊後の大事な時期にケンカをしている場合ではなかったようです。

 今号の特集は「地方経済」。地方創生の掛け声むなしく、状況は至る所で悪化しています。時間を浪費していては、後の世代にツケが回りかねません。

日経ビジネス2020年11月30日号 7ページより目次