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 三河安城駅で新幹線を降りたのはその時が初めてでした。2002年にトヨタ自動車の工場で働いていた班長が事務作業中に亡くなり、遺された奥様に会うためにご自宅に伺ったのです。

 班長は月155時間もの残業をしていました。しかし、労災認定はされず。トヨタでは通常勤務終了後のQC(品質管理)サークル活動は「自主的活動」と見なし、残業代も原則支払っていなかったのです。奥様は労災と認めるよう国を提訴。カイゼンを支えるQCに対価を払うかどうかは日本の製造業にとって大きな問題となりました。

 そのカギを握ることになった奥様は幼子2人との先行きを案ずるか弱い母親でした。ご自宅の居間で1冊のピアノ教則本が目に入りました。優しいイラストに「ぴあの どりーむ」と書かれたそれを私の娘も使っていたのを思い出すと胸が詰まりました。同時に最強工場も生身の人間の取り組みの積み重ねであると改めて認識しました。

 07年に名古屋地裁はQCサークル活動を「業務」と判定しました。QCサークルが衰退するきっかけとされます。しかし、トヨタの最強工場は衰退せず、さらに強くなりました。現在までに200万台以上も損益分岐点が下がり、コロナウイルスが舞う4〜6月期にも1588億円の最終黒字を確保しました。

 今号の特集は「サプライチェーン」。これまでの「複線化」では通用しない大変な環境になってきました。壁に打ち当たり、過ちを犯しながら、そのたびに反省と挑戦を繰り返す。生身の人間だからこそできることをやるしかありません。

日経ビジネス2020年8月17日号 7ページより目次