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 「失業率が4%や5%に上がるなんてことは人口が減少していく日本では考えられませんね」。失業率が大幅に上がるのではないかと問う私に、その官僚は子供に諭すような口調でこう言いました。日本のバブル景気が終焉(しゅうえん)を迎えたころ、労働省(現厚生労働省)に取材した時の話です。当時の完全失業率は2.2%ほどでした。

 想定外の災禍が起こっても従来の延長線上でものを見てしまう心理を「正常性バイアス」と呼ぶそうです。失業率はその後、過去半世紀で最高の5.4%にまで悪化していきました。

 興味深いのはバブル崩壊後も労働者の賃金はほぼ横ばいを続けていること。経済面での負のインパクトのしわ寄せを失業者が受けた形になっています。社会全体で労働者に支払われる対価は1人当たりの賃金と労働者数の掛け算ですから当然と言えば当然です。14世紀にペストが欧州を襲った際には、欧州の労働者の賃金は大幅に増えたとされます。人口の3割ともいわれる人が亡くなり、労働者が減ったためです。

 新型コロナの影響はどのように表れるでしょうか。付加価値減少のしわ寄せを誰が受け止めるのか。今号の特集テーマは「所得」。年収大幅減時代の可能性とその備えを考えます。

 ちなみにペストによる労働者不足の影響は賃金だけにとどまりませんでした。数が減った農奴が力を持ち領主没落という社会制度転換の背景ともなります。新型コロナも社会制度を変えるでしょう。その変容についていけるでしょうか。正常性バイアスにとらわれぬよう用心が必要です。

日経ビジネス2020年5月18日号 7ページより目次