緊急事態宣言の直前、外出自粛に備えようと書店に出かけたところ、入り口すぐの売り場の一等地に懐かしい本が平積みされていました。1947年に発表されたアルベール・カミュの『ペスト』。疫病で次々に市民が亡くなる封鎖された街の様子を描いた作品です。

 仏文学者の宮崎嶺雄さんはその解説に、第2次大戦の人類の生々しい体験を背景にして、この作品が爆発的な熱狂で迎えられたと書いています。背景がより類似する今回は2度目の熱狂になるのでしょうか。13の図書館がある川崎市の蔵書は全て貸し出し中でした。

 新型コロナウイルスによる私たちの生活や経済への影響はいよいよ深刻になってきました。出口も見えず、存在の危機を感じる個人や組織も多くいらっしゃるでしょう。カミュは意味もなく降り掛かる災いの「不条理」を普遍的なものとしてとらえ「あるがままのかたちで受けとるよりしようがありません」と説きます。評論家の小林秀雄さんは「やがて来る難破が疑へぬ以上、哲学的解決や宗教的救済は空想に過ぎない」と自著で解説しています。

 ただ、カミュは単なる諦めを勧めたわけではありません。物語には「希望なくして心の平和はない」との一文があります。不条理と向き合い、戦い、主体的にかかわる──。絶望ではなく前を向くことを勧めているようです。70年後の私たちへのエールです。

 さて、今号の特集は「楽天」。外出自粛で改めて注目されるネット通販の日本での草分けですが、このところつまずきが目立ちます。社員は前を向けているでしょうか。

日経ビジネス2020年4月20日号 7ページより目次

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