日産自動車にはイタコがいると記者たちは言います。死者に代わって言葉を伝えるとされるイタコのように、ある人の言葉を伝える人がいると。ある人とはカルロス・ゴーン被告。「イタコではないか」と噂されていたのは彼の通訳の方です。

 ゴーン被告がまくしたてる流ちょうとは言えない英語を実に滑らかな日本語に同時通訳する彼女の技は完璧。私も過去に3回インタビューしましたが、ゴーン被告と日本語で話し合っているような、彼女の声の抑揚にゴーン被告の表情が操られているような錯覚に陥ります。ゴーン被告が話そうとするキーワードを言うより先に彼女が訳していることさえあります。

 その通訳の技よりも私が気になっていたのはゴーン被告がいつまでたっても日本語を話そうとしないことでした。日本企業のトップとして約20年。不思議なほど日本語を話しません。話した方が良いとは思っていたはずです。再建担当として来日した当初には日本語で挨拶スピーチをしていたのですから。いったい彼は日産をどう思っていたのでしょう。2004年にはプライベートで交通事故を起こしましたが、運転していたのはポルシェでした。

 今号の特集は「サプライチェーン」。米中分断の時代に合わせ、生産・調達体制の見直しは不可欠。新たな国への進出も検討課題となるかもしれません。その際、成功の条件となるのは、まず相手を認め、敬う気持ちを持つことでしょう。謙虚さを失えば、手痛いしっぺ返しを食うことになるかもしれません。彼のように。

日経ビジネス2020年2月3日号 9ページより目次
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