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 「あと2年で社長を辞められた方がいいと思いますよ」

 「分かってます。大丈夫」

 日本航空(JAL)と日本エアシステム(JAS)が経営統合した2002年。JALの社長だった兼子勲さんに、経営統合にある程度めどをつけたら交代した方がいいと何度も進言していました。

 JALでは企画畑と営業畑が派閥を作り、主導権を争っていました。企画出身の社長がリゾート事業の失敗などで巨額の損失を出して引責辞任し、急きょ登板したのが兼子さん。傍流の労務畑を歩み、営業でも企画でもないという理由で選ばれて、自ら「ショートリリーフ」と語っていました。

 そのリリーフが就任4年でJASとの統合という大仕事をやってしまいます。兼子さんは話していた通り統合から2年で社長の座を譲りましたが、生真面目さからかCEO会長として、統合作業をやり遂げようとします。

 しかし、旧派閥はより巨大になった権力への渇望が強くなったようです。ショートリリーフが就任7年目となり、案の定動き出しました。整備ミスなどを材料に政治家らを巻き込んで兼子降ろしを展開、退任要求を突き付けます。兼子さんは続投を断念し、派閥基盤を持たない新町敏行さんに後を託しますが、旧派閥の不満は収まらず、新町さんも辞任を余儀なくされます。

 そして相互不信の混乱の中、10年1月にJALは経営破綻します。あれから10年。業績面では再建を果たしましたが、会社の先行きよりも権力の行方に関心が向かう社風のJALは本当に変われたのでしょうか。

日経ビジネス2020年1月13日号 9ページより目次