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 ホンダの創業者、本田宗一郎さんの昔話を見聞きすると、こちらまで身体の中からエネルギーが湧いてくるような気がしてきます。

 小学生のころ、村に初めてやってきた自動車に一目惚れ。停車するとしたたり落ちる油にまでひかれ、鼻を地面にくっつけてクンクンとかぎ、手にこってりとまぶして、オイルのにおいを胸いっぱいに吸い込んだといいます。同じ頃、飛行機の実物を見たいと、サドルに届かない大人の自転車を三角乗りで片道20kmもの道のりを走ったというお話もあります。冷めることのない少年の情熱が世界のホンダを作ったのは間違いありません。

 マン島TTレースやF1で頂点に輝き、CVCCエンジンで米マスキー法を初めてクリアするなど達成困難と思われる戦いに挑み、何度も失敗を繰り返しながらも未来への扉を開く。ホンダファンが期待するのは業績だけでなく、見るものにも情熱を湧き起こす「ホンダらしさ」でしょう。数々の物語が社内外に情熱を起こし、それが「らしさ」を形作っているのかもしれません。

 宗一郎さんが亡くなられてから売上高が10兆円以上も増え、文字通り大企業となりました。「いつまでも宗一郎さんの個人会社のようにはできない」と思う社員の方もいるでしょう。「最近ホンダらしさがない」との外野の声にうんざりしているかもしれません。しかし、社員の多くは情熱的な物語を体現するためにホンダを選んだはず。

 やっぱりホンダには普通の会社になってほしくない──。ホンダファンの片思いかもしれませんが。

日経ビジネス2019年12月2日号 9ページより目次