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 「武田薬品工業が欧州の事業を売却するらしい」──。日本では話題になっていませんが、海外ではこんな噂が流れています。売却額は2000億円近いとか。なぜ海外だけで噂されるのか。理由は買収側の候補に日本企業が入っていない。あるいは候補になりうると思われていない。といったところでしょう。メガファーマ時代の競争で武田以外の日本の製薬会社は蚊帳の外の扱いのようです。

 欧米の巨人はM&A(合併・買収)を繰り返し、規模拡大で研究開発費を確保して、高度化する新薬の創出を急いでいます。最先端では1回の投与で2億円もの額をつける薬も登場しています。

 企業の競争を通じ、救えなかった命を救う素晴らしい薬が相次ぐことでしょう。ただ、高額医薬品が増えれば、医療制度のあり方によっては死を選ぶか、生きて薬のお金を払うために働き続けるか、といった選択を迫られる状況も考えられます。選択肢があると分かりながら、それを選びたくても選べない状況も増えるかもしれません。

 人は生まれた時から死に向かって生きているに違いありませんが、その死が天に与えられるものではなく、ある程度とはいえ自らの選択に委ねられるとすると、素晴らしい薬は新たな希望とともに新たな苦しみをもたらすことになりそうです。

 今号の特集テーマは「創薬イノベーション」。AIや量子コンピューターなど急速に進化する科学技術は製薬のあり方を変えていきます。新たな苦しみがなくなっていく方向に変わっていっていただきたいものです。

(東 昌樹)

日経ビジネス2019年8月5日号 9ページより目次