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 経営トップからM&A(合併・買収)の相談を受けることがあります。

 「王子と日本、どっちにすべきだと思う?」。かつて製紙業界で国内4位だった大昭和製紙の社長、十河一元さんからはこう聞かれました。最大手の王子製紙と2位の日本製紙のどちらと経営統合すべきかと。

 なぜ相談するのか。答えは簡単。経営トップには、愚痴や弱音を含めて悩みを相談できる相手が周囲にいないことが多いためです。経営トップは最後の経営判断を委ねられることが多く、孤独な任務。時にリスクがあっても決断しなければならず、間違えば従業員やその家族の生活をおかしくしてしまう。経営に真剣に向き合うほど孤独になりがちなのです。

 十河さんは特に孤独だったかもしれません。大昭和はゴッホの絵画を125億円で落札し「死んだら棺桶に入れて一緒に焼いてくれ」と語った斉藤了英さんが育てた会社。バブル崩壊後に業績不振となり、再建のために銀行から送り込まれたのが十河さんでした。よく「自分宛ての手紙が開封されて届く。すべてが斉藤家に監視されている」と嘆いていました。

 今号の特集は「会社売却」。最も重い経営判断の一つです。悩んだ経営者ほど売却後の社員の幸せを祈っているもの。残念ながら、大昭和の社員の場合はその後、日本製紙側から冷遇される例もありました。大昭和救済が狙いの統合だったためです。責任は十河さんではなく、創業家の放漫経営を許してきた歴代の経営陣にあるのは言うまでもありません。

日経ビジネス2019年5月13日号 7ページより目次