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「黄色いベスト」運動がもたらすパリの騒動など、白人労働者階級が示す不満にメディアは目を向ける。だが、「経済的に取り残された」人々の動きを過大視しているのではないか。先進国において、大半の人々は現状に満足しているのではないだろうか。

黄色いベスト運動の盛り上がりを伝える報道が相次ぐ(写真=ロイター/アフロ)

 筆者はパリの大通り沿いに住んでいる。デモ行進がよく行われる通りだ。子供たちは4歳かそこらで、デモを意味するフランス語(「マニフ」)を覚えた。時にはデモに参加する人々が通りからあふれ、家のドアを開けるのが難しいこともある。

 だが、「黄色いベスト」運動のデモが行われた12月8日に用心しながらそっと玄関を出てみると、そのあたりにいたデモの参加者はわずか数百人だった。その後、シャンゼリゼ通りで催涙ガスが使われ、デモ隊と警官隊が衝突する様子がテレビで流れた。ところが奇妙なことに空撮映像は、この通りのほとんどは閑散としていることを映し出していた。

 海外に住む友人たちは筆者の無事を尋ねるべく連絡をくれたが、全く大丈夫だった。週末の半分は、郊外のグラウンドで子供たちがサッカーをするのを寒さに震えながら見て過ごした。