2016年は有権者の反グローバリズムが吹き荒れ、英EU離脱と米大統領選でのトランプ氏の勝利が決まった。だがグローバル化は世界が直面する問題の一部でしかなく、より大きな問題に目を向ける必要がある。市場資本主義が抱える問題を考えない限り、イノベーションを含め経済成長の恩恵を社会で共有することはできない。

J・ブラッドフォード・デロング氏
米カリフォルニア大学バークレー校の経済学教授。1987年、米ハーバード大学で経済学博士を取得。93~95年、米財務省政策担当の副次官補を務め、北米自由貿易協定などに携わった。

 「月を指せば指を認む」──。

 これは古くから伝わる仏教の格言だ。中国禅宗の第六祖、慧能(えのう)*1が、無尽蔵という尼僧にこう諭したとされる。「賢者が月を指差しても、愚者はその指しか見ようとしない」。

*1=638年2月27日~713年8月28日、范陽(現在の河北省涿州市)の盧氏出身の禅僧

 これに対し、世界貿易機関(WTO)の元事務局長、パスカル・ラミー氏*2は最近、次のように付け加えた。「市場資本主義が月だとすれば、グローバリゼーションが指だ」と。

*2=仏官僚として経済財政省で働いた後、ドロール欧州委員会委員長の官房長を務め、1999~2004年11月には欧州委員会の貿易担当欧州委員に。この貿易担当欧州委員の時の交渉力が評価され、2005年9月~2013年8月まで第8代WTO事務局長を務めた

 欧米諸国で反グローバリゼーションへの感情が高まる中、今年はまさに“指”だけを見ていた一年だったと言えるだろう。

イノベーションは加速していく

<b>米大統領選挙でトランプ氏が勝利したのは、「アメリカを再び偉大な国にしてみせる」という主張で有権者たちを説得できたからだ</b>(写真=ロイター/アフロ)
米大統領選挙でトランプ氏が勝利したのは、「アメリカを再び偉大な国にしてみせる」という主張で有権者たちを説得できたからだ(写真=ロイター/アフロ)

 英国(グレート・ブリテン)は、EU離脱を巡る国民投票で、“リトル・イングランド”を目指す英国人たちが離脱票を投じ、勝利した。また、米国でドナルド・トランプ氏が大統領選挙に勝ったのは、「アメリカを再び偉大な国にする」と激戦州の有権者を説得できたからだ。中でも米国にとって、もっと有利な貿易協定を交渉し、実現してみせる、と説得できたことが大きかった。

 しかし、ここで「指」にばかりではなく、「月」に目を向けるために、本当に必要な経済政策とはどのようなものなのか、特に経済成長と格差という観点から考えてみたい。

 まず指摘したいのは、情報処理やロボット工学、バイオテクノロジーといった分野では目覚ましいスピードで技術革新が次々に起きており、今後もその勢いは加速していくということだ。

 欧米諸国では1870年以降、約2%の年間生産性伸び率を維持してきた。だが最近は、約1%まで伸び率は低下している。生産性伸び率が経済指標として重要なのは、リソースや労働力の「投入」がどのくらい減っても前年と同じ水準の「総生産高」を維持できるかを測れるからだ。

 米ノースウエスタン大学の経済学者、ロバート・J・ゴードン氏によると、電力や飛行機の発明、衛生の改善といった経済成長率を大幅に高めた大革新と呼べるイノベーションはもう起きないという。従って今後も成長が永遠に続くなどと期待すべきではない、と。

 しかし、ほぼ確信を持って言えるが、ゴードン教授は間違っている。大革新をもたらす発明は、人々の生活を根本から変える。つまり、通常の経済指標の計算の対象に入らない場合が多いということだ。むしろ、現在のイノベーションが起きているペースを考えると、大革新は今後増えていくはずだ。

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