英国で快進撃を続ける日立製作所の鉄道事業に、思わぬ政治リスクが浮上している。 6月23日に実施が決まった英国の欧州連合(EU)への残留の是非を問う国民投票だ。 当初離脱は低いと見られていたが、ここにきて状況が一変。展開次第では事業に影響が及ぶ可能性もある。

ロンドン支局 蛯谷 敏
2000年、日経BP社に入社。本誌編集部で2006年から通信、ネット、金融、政治などを担当。日経ビジネスDigital編集長を経て2014年4月からロンドン支局長。

 日立製作所の英国での鉄道事業は目下絶好調だ。2012年7月に獲得した総事業費57億ポンド(当時の為替レートで約7000億円)のIEP(都市間高速鉄道計画)を皮切りに、都市近郊鉄道向け車両などを立て続けに受注。全ての納入が完了すると、現在174両が走る日立製列車の数は約8倍に増加し、新規受注シェアで独シーメンスなどを抑えて首位に立つ。

<b>離脱となれば日立の鉄道事業にも影響が出るかもしれない</b>(写真=永川 智子)
離脱となれば日立の鉄道事業にも影響が出るかもしれない(写真=永川 智子)

 昨年9月に英ニュートン・エイクリフに新たな鉄道車両の製造工場を開設。昨秋にはイタリアの防衛・航空大手フィンメカニカから車両製造事業の買収も完了した。現在、欧州各国の部品メーカーなどと協力し、部品調達から車両製造までを欧州で手掛けるサプライチェーンを構築しており、世界の鉄道市場の約5割を占める欧州での事業拡大を急いでいる。

 しかし、英国の欧州連合(EU)離脱を巡る騒動は、その勢いに水を差しかねない。というのも構築中のサプライチェーンは、EUとの間の関税や非関税障壁がない利点を最大限に生かそうとしているからだ。認証手続きなどが統合され、モノの移動に対する負担が少ない欧州の「単一市場」が前提にある。

 仮に離脱すれば、英国はEUとの関税などの取り決めを見直す必要が出てくる可能性があり、単一市場の前提が崩れるリスクもゼロではない。その影響の度合いは現時点では不明だが、日立の中西宏明・会長兼CEO(最高経営責任者)は、「英国がEUに残ることを望む」と繰り返している。

「残留」の楽観ムードは消滅

 日立の緊張感が高まっている背景には、当初低いと見られてきた離脱の可能性が、ここへきて不透明さを増している状況がある。

 2月20日、投票日を明らかにした演説でキャメロン首相は「EUにとどまることが英国の国益にかなう」と語り、残留に自信を見せた。しかしその直後から、離脱を支持する閣僚が次々と登場、足並みの乱れが目立っている。最大の争点である欧州大陸から流れ込む難民問題も、解決の見通しは立っておらず、離脱派の勢いは増している。直近の世論調査でも、「離脱」が「残留」を上回り、昨年まで漂っていた「結局は残留するだろう」というムードは、今はない。

 事態を深刻視しているのは日立だけではない。「離脱後のシナリオについても調査する」と、英国自動車工業会のマイク・ホーズ会長は会員企業への聞き取りを始めた。昨年の英国の自動車生産台数は約159万台と、過去10年で最も多く、その57%がEU向けに輸出された。「離脱となれば影響は避けられない」(同)。日産自動車やトヨタ自動車も英国に工場を抱える。

 金融各社も離脱した場合の英国の経済的損失を試算し始めた。米シティは今後4年の経済成長率が毎年1〜1.5ポイント引き下げられると発表。米ゴールドマン・サックスもポンドが短期的に2割下落するとの見通しを出した。

 離脱派、残留派の政治キャンペーンが本格化するのはこれからだ。国民だけでなく、企業にとっても6月23日の投票日まで気の抜けない日が続く。

日経ビジネス2016年3月7日号 112ページより目次

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