大胆な買収や組織再編を進めながらも、地道に企業価値を高めていく。それを実践してきた代表的な企業が、アサヒグループホールディングスとブリヂストンだ。両社は「カリスマ経営者」に頼ることなく、巧みにバトンを渡してきた。

 海外ビール事業の買収としては過去最高額となる8883億円──。

 2016年12月13日、ビール業界に一大ニュースが駆け巡った。アサヒグループホールディングス(GHD)による、ベルギーの世界最大手アンハイザー・ブッシュ・インベブ(ABインベブ)の中・東欧のビール事業買収だ。ABインベブの西欧事業を約3000億円で買収した直後の発表となった。

巨額買収を可能にしたリレー

 国内市場が縮小する中、キリンHDやサントリーHDも海外での買収を加速している。アサヒGHDも大勝負に打って出たわけだが、そこに至るまでに経営のバトンを脈々とつないできた。

 業績は、1987年に「アサヒスーパードライ」を発売して以来、変動はありながらも上昇軌道に乗っていた。

荻田 伍 相談役
酒類事業を盤石にし、稼ぐ力を付ける
商品力を磨きグループ経営の基礎を築く
(写真=秋元 忍)

 時価総額が急増したのが、現在は相談役の荻田伍氏が社長に就任した2006年以降。営業出身の荻田氏は常務を経て2002年にグループのアサヒ飲料に出向し、副社長と社長を務めた。朝専用をうたう缶コーヒー「ワンダモーニングショット」の販売など、商品力の強化によって赤字体質だったアサヒ飲料を再建した。

 荻田氏はこうした手腕を買われ、2006年にアサヒビールに社長兼COO(最高執行責任者)として復帰。ビール事業の収益構造の改革に着手した。

 スーパードライの発売後、アサヒは、順調に販路を拡大し、2001年にキリンを抜いてビール首位に立った。スーパードライの生みの親と言われる樋口廣太郎氏から池田弘一氏までは、国内でのシェア争いの時代だったと言える。

 だが、ビール業界を取り巻く環境は激変していった。「私が社長に指名された時、発泡酒など新しいジャンルが拡大していた。ニッカウヰスキーを完全子会社化したものの、組織の土台作りが進んでいない状況。だから、ビールだけでなくアルコール全体の基盤づくりも進めた」と荻田氏は話す。

 これは持ち株会社への移行に向けた準備という側面もある。アサヒGHDの誕生は2011年。他業種では2000年ごろから持ち株会社設立の動きが出始めていたが、アサヒはその波には乗らず、サッポロHD(2003年)やキリンHD(2007年)に比べても遅かった。

 「会社全体が持ち株会社の役割を理解し、実践できるようにするために時間をかけた」。泉谷直木・会長兼CEO(最高経営責任者)はこう振り返る。グループ全体で経営資源を適切に配分し、業績や企業価値を上げていくのが持ち株会社の役割。事業会社とは違う。