記録残さない社長説明会

 「捜査に全面的に協力する」「人が唯一にして最大の財産」「厳しい局面だが、チーム力を結集してともに新しい電通をつくっていこう」

 ホールの席は本社社員で埋め尽くされ、石井社長のメッセージは関西・中部の両支社にも同時中継された。ようやく社員が求める説明会が開かれたわけだが、社内の不満は収まらなかった。外回りが中心の営業担当、子会社・海外法人の社員の多くはこのメッセージを受け取ることができなかったからだ。

 電通は説明会に関する動画や音声、テキストなどを社員が閲覧できるイントラネットに掲載しなかった。説明会に出席できなかった営業担当社員が管理部門に内容を確認したところ、「周囲の出席者に聞いてもらうしかないですね」と冷たく突き返されたという。説明会の記録を残さないのは、外部への流出を恐れたからに他ならない。

 「捜索が入って急に騒ぎ出すのは悲しいこと。自浄能力のない会社だ」。説明会後にNHKの取材に対し、こう感想を述べた若手社員はその後、処分を受けることになったという。

 「マスコミなどに内部情報を伝えないように」。社内ではかん口令が敷かれているが、「リークされるような実態があることが問題なのに」と多くの社員がこうした状況を冷めた目で見ており、次々と内部情報をメディアに流す状況に陥っている。

 先の社員はこう言う。

 「社長のメッセージを本当に全社員に伝えるつもりだったらそのための手段を尽くすはず。結局はその場限りのポーズなのでしょう。広報戦略を企業に助言している会社がこの体たらくとは…本当に情けない

 高橋さんの自殺が社会問題になる直前に発覚したデジタル広告費の過大請求問題では、おわびリリースを発表し、直後に記者会見も開いた。中本祥一副社長は「広告主など関係各位に大変なご迷惑をおかけした」と謝罪。素早い反応を見せたが、労働基準法違反の問題では広告主が関わる話ではないからか、対応は後手に回った。

 電通は12月2日、「労働環境改善の取り組みについて」とのリリースを公表した。「入社1~5年目」「契約社員」など社員の属性に応じたチームを発足。再発防止に向けた提言、役員との意見交換を進めていることを明らかにした。遅ればせながら社員と向き合う姿勢を見せたが、社内の冷めた雰囲気を覆すのは容易なことではない。経営陣の今後の本気度が問われている。

 社員がトップや企業の姿勢に失望すれば、仕事に対するモチベーションが下がるだけでなく、「外圧」を目的にメディアなどに内部情報を漏らすようになる。企業の実情を知った世間がさらに批判の声を上げ、加速度的に炎上が広がり、対応が追いつかなくなる──。

 そうした悪循環は、Part2で取り上げたピーシーデポコーポレーションでも起きていた。「トウゼンカード」と呼ばれる事実上のノルマを社員に課す制度、社内情報の漏洩をけん制するかのようなメールなどの存在を明らかにする関係者が次々と登場した。

 不祥事や事故で悪化した企業イメージを回復するのに、被害者や社会、ステークホルダーへの説明責任は極めて大切だ。これに加えて、根本原因を解決して再発を防止するには、社内の信頼を取り戻さなければならない。

 組織の実態を最もよく知る社員には、小手先の弥縫策は通用しない。そう考え、思い切った記者会見を開いたのが、神戸製鋼所だ。

 神戸製鋼は6月9日、グループ会社の神鋼鋼線ステンレス(大阪府泉佐野市)が、家電などに使うばね用鋼線の強度試験データを改ざんしていたとして、都内で緊急の記者会見を開いた。

内部告発者が記者会見に登場

内部告発者が記者会見で経緯を説明した神戸製鋼
内部告発者が記者会見で経緯を説明した神戸製鋼
グループ会社による、ばね用鋼線の強度試験結果の改ざんについて説明した神戸製鋼所の記者会見(写真=池松 由香)
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 記者会見には、神戸製鋼の副社長、神鋼鋼線ステンレスの親会社である神鋼鋼線工業社長とともに、ある人物が同席していた。データ改ざんの可能性に気付き、その事実を内部告発した神鋼鋼線ステンレス工場長、その人だ。

 「生産会議で奇妙な言葉が使われており、何かおかしなことが起きていると思った

 工場長が言う、奇妙な言葉とは「強度のトクサイ(特別採用)」。トクサイとは顧客企業に規格外の製品を安く提供する取引のことを指すが、安全性に関わる強度不足の場合には出荷が認められない。その点に違和感を抱いたのが内部告発のきっかけとなった。

 内部告発は表沙汰にしたくない不正や不祥事が明らかになるため、対応に後ろ向きな企業は少なくない。だが、神戸製鋼は内部告発を受理し、調査の結果、不正の事実を突き止めただけではなく、それを発表する記者会見の場に告発者も同席させた。

 エイレックスの江良俊郎社長は「不祥事は隠さないことが最もダメージの少ない対処法になる。言うはやすしだが、それを決断できる企業はほとんどない」と指摘する。記者会見の場でも、告発者の工場長は当然、質問を受けることになる。企業側にとって好ましくない話が出る恐れもあったが、神戸製鋼は問題解決に取り組む真摯な姿勢を示すことを重視した。

 判明した不正は、日本工業規格(JIS)の基準に満たない製品の試験データ改ざんという安全性に関わる問題。だが、事態の深刻さほどに大きく報道されなかった背景に、記者会見で告発者が包み隠さず事実関係を説明した点があった。

 神戸製鋼の姿勢は、社内への影響も想定したもの。再発防止に正面から取り組む姿勢を見せれば、社員が声を上げやすくなるからだ。

 トーマツなどが今年、上場企業402社を対象に調査したところ、社内に通報窓口を設置している企業は9割を超えた。一方、82%の企業が不正関連の年間通報・相談件数は「0~5件」と回答。内部告発の制度が、十分に機能していない実態が浮かび上がる。

 背景には、不正を告発したら自分が不利益を被るのではないか、という社員の企業に対する根強い不信感がある。

 「内部告発から会社との裁判で和解するまで足かけ10年近くかかった。もう、私のような思いをする人は出てほしくない」。オリンパスに勤める濱田正晴氏はこう振り返る。

 濱田氏は2007年、上司の不正を告発した後、会社から配置転換を命じられた。最高裁まで争った末に、人事権の乱用との認定を得て勝訴。だが、処遇は改善されず、再び訴えを起こした。今年2月、オリンパス側が1100万円を支払うなどの内容で和解した。

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