米国を象徴する優良企業の転落は、逆回転を始めたグローバル化を表わす一断面に違いない。

 米重機大手キャタピラーは10月17日、6年にわたって同社を率いたダグ・オバーヘルマン会長兼CEO(最高経営責任者、63歳) の退任を発表した。同氏はこれまでの慣例通り、65歳までCEOを務めるとみられていた。来年3月まで会長職にとどまるが、2年前倒しでのCEO退任は長らく続く業績低迷の責任を取ったということだろう。

 その6年間を振り返れば、最初の2年は輝かしい実績に彩られている。

 他の企業と同様に金融危機で打撃を受けたが、新興国の鉱山開発やインフラ投資の波に乗り、2012年12月期に過去最高益を達成した。製品群を拡充するため、88億ドル(約9200億円)を投じて大型掘削機メーカーを買収。世界各地で工場への投資を推し進めた。

 だが、中国経済の減速や資源価格の低迷で建機需要が急減。ドル高の逆風も相まって4期連続の減収減益に陥る。

 資源価格がピークの時に投資を加速した判断は経営ミスと指弾されても仕方がない。だが、米国が旗を振り、米企業が先兵となって推進したグローバル化が、踊り場に差しかかっている現実を映し出しているように見える。

 それは統計にも明確に表れている。

 例えば、グローバルで見たGDP(国内総生産)に占める海外直接投資の比率は2.8%と金融危機前の5.2%を大きく下回る(下囲み内真ん中のグラフ)。国境を越えた銀行融資も2008年をピークに7兆ドル(約750兆円)近く減少した。人口に占める移住者の伸びも、米国に限れば鈍化している(下囲み内下のグラフ)。

 資金や人だけでなくモノの動き、すなわち国際貿易の減速も顕著だ。

貿易の伸びが深刻な低下

 通商政策の専門家として知られる米戦略国際問題研究所(CSIS)のスコット・ミラー上級アドバイザーによれば、1982~2007年の25年間、世界の貿易量はグローバルGDPの2倍のペースで伸びた。この25年間のGDPの伸びが3.5%だとすれば7%で拡大したということだ。だが、金融危機からV字回復を果たした2011年以降、世界の貿易量の伸びは2.5%程度でしかない。

 トランプ氏は選挙期間中、“Make America Great Again”というスローガンを叫び、「衰退する超大国」というストーリーを前面に押し出した。その主たる要因を“不公正”な貿易に求めたが、グローバル化の停滞と、それに伴う貿易の減速によるところが大きい。

 貿易が好調だった25年間は米国を中心とする自由経済体制が大きく拡大した時期に重なる。

 旧ソ連や共産圏の崩壊、ユーロの導入と拡大、中国の世界貿易機関(WTO)加盟などグローバル市場は次々と拡大した。GATT(関税および貿易に関する一般協定)・ウルグアイラウンドなどの国際的な貿易ルールや、NAFTA(北米自由貿易協定)など新たな貿易協定が誕生したのもこの時期だ。

 「この25年は極めていい循環の中にあった」。そうミラー氏が指摘するように、市場の拡大と各国の自由化政策が貿易コストを押し下げ、それがさらなる経済成長を促した。そして、この流れの中で、世界的なサプライチェーンを構築した企業が多国籍企業に変貌、その先頭を走ったのがキャタピラーをはじめとする米国企業だった。

終焉迎えた世界経済の拡大期

 だが、金融危機後の世界的なリセッションが始まって以降、グローバル化は推進力を失っている。

 その原因は一義的には世界経済の減速だが、輸出主導型から内需主導型に経済体制を転換しようとしている中国の影響、さらに世界中で増加している保護主義的な政策の影響も当然ある。

 英シンクタンク、グローバル・トレード・アラートによれば、20カ国・地域(G20)諸国は2010年以降、政府調達品の自国調達など海外製品・サービスに対する差別的な措置を毎年300~400件導入している。最近は特に増えており、2015年は前年の1.5倍に増えた。

 “拡大期”の終焉──。これが米経済をむしばんでいる。

 下囲み内上のグラフは米国の1人当たり実質GDPと貿易依存度を表わしたものだ。豊かさを示す1人当たり実質GDPと貿易依存度が相関しているのが見て取れる。米経済の成長エンジンは個人消費だが、輸出入の増加によって経済の効率化が進み、1人当たり実質GDPの伸びを促した点も大きい。

 ただ、足元では1人当たり実質GDPの伸びは鈍化しており、貿易依存度も落ち込んでいる。「貿易が停滞し続ければ、結果として1人当たり実質GDPにネガティブな影響を与える可能性が高い」とデロイト トーマツ コンサルティングの羽生田慶介・執行役員は語る。

 経済の減速が貿易の停滞につながり、貿易の停滞が経済の減速をもたらすという悪循環。それを押しとどめるのは、保護貿易ではなく、さらなる自由化の推進というのが専門家の見方だ。

 今回の大統領選では格差や所得低迷の主犯として貿易がやり玉に挙がった。確かに自由貿易の拡大と深化によって格差は拡大したが、それは政治による再分配が不十分だったという面もある。

 「世界は言われているほどグローバル化されていない」とミラー氏が指摘するように、サービス貿易の面では多くの障壁が残っている。自由貿易推進派は、ここに成長の余地があるとみる。

 もっとも、大統領選で露呈したのは貿易によって打撃を受けた人々が抱える怒りだ。米国の豊かさを向上させる処方箋は貿易の拡大しかないとしても、それを米社会がすんなりと受け入れるとは思えない。トランプ氏が火を付けた自由貿易に対する怒りは自身の政府に跳ね返る。

米国の豊かさは貿易が原動力だったが…
●経済成長と貿易依存度の関係
注:米商務省経済分析局のデータを基にデロイト トーマツ コンサルティング作成。貿易依存度は輸出入総額を名目GDPで割って算出
●GDPに占める海外直接投資の推移(グローバル)
出所:The World Bank (World Development Indicators)
●人口に占める移住者の推移
出所:国連