安倍晋三首相が「最大のチャレンジ」と位置付ける働き方改革。政府の本格的な議論が始まった。長時間労働の是正など労働者の待遇改善が軸となり、配偶者控除の廃止は早々と先送りになった。日本型雇用システムを見直し、潜在成長率や生産性の向上につなげる。そんな狙いは失速しかねない。
安倍晋三首相の肝煎りでスタートした「働き方改革実現会議」。安倍首相は自ら議論をリードしようと意気込むが…(写真=時事)
「働き方改革は第3の矢、構造改革の柱だ。もはや先送りは許されない」
9月27日、首相官邸で開かれた「働き方改革実現会議」の初会合。安倍晋三首相はこう強調し、2016年度中に働き方改革に必要な具体策を盛り込んだ実行計画を取りまとめる意向を示した。
働き方改革は今年8月の内閣改造で担当閣僚を新設した安倍政権の看板政策だ。実際には、今年6月に閣議決定した一億総活躍社会の実現に向けた「ニッポン一億総活躍プラン」の主要テーマを引き継ぎ、深掘りするための仕掛けという意味合いが大きい。
「同一賃金」「長時間労働」が柱に
同プランの柱だった正社員と非正規社員の賃金格差を埋める「同一労働同一賃金」の実現、長時間労働の是正、高齢者の就業促進の3つがいずれも働き方改革実現会議の主要テーマに位置付けられたのにはこうした背景がある。
議論を進める舞台となる働き方改革実現会議は安倍首相が議長。加藤勝信・働き方改革相や塩崎恭久・厚生労働相など閣僚のほか、経団連の榊原定征会長、連合の神津里季生会長など労使双方の代表もメンバーに名を連ねる。
利害関係者をそろえたのは、官邸主導で改革を進めるためだ。労働政策を所管する厚労省の労働政策審議会などの議論は労使の合意を重視するため、どうしても結論が出るまでに時間がかかってしまう。安倍首相にしてみれば、次期衆院選をにらみ、改革のスピードと実行力をアピールしたい思惑がある。周辺は「首相は自分で議論をさばいていくつもりだ」と明かす。
幅広い検討テーマの中で安倍政権が改革の本丸と見なしているのが、同一労働同一賃金など非正規雇用の処遇改善と長時間労働の是正だ。
非正規の処遇改善を巡っては、政府はどんな待遇差が不合理なのかを事例で示すガイドラインを年内に作る。そのうえで、パートタイム労働法、労働契約法、労働者派遣法の3法を改正するシナリオを想定している。
だが、日本では長年の慣行で勤続年数などを加味して賃金を決めるケースが多く、非正規社員の賃上げは人件費の高騰や正社員の賃金カットにつながる可能性もある。経済界から懸念の声が出ており、ガイドラインを踏まえた法案化などに時間がかかる見込みだ。現時点では、来年の通常国会への法案提出は間に合わない公算が大きい。
一方、長時間労働の是正に関しては、法定労働時間外や休日に従業員を働かせるために労使が結ぶ「36(さぶろく)協定」の見直しが焦点だ。この協定で残業時間を事実上、無制限に延ばすことができ、男性の育児参加や女性の社会進出が進まない理由の一つと指摘されてきたからだ。
36協定の見直しに向けた議論は厚労省が立ち上げた有識者会議で始まっている。政府は残業時間に一定の上限規制を設ける方針で、早ければ来年の通常国会にもこうした内容を盛り込んだ労働基準法改正案を提出する段取りを描いている。
一連の政府の動きに経済界は総論で賛成しつつも、一律の上限規制を課されれば業務に支障が出たり、収益力の低下につながりかねないと警戒する。榊原氏は会議後、「労働者保護と業務維持の2つの観点を考慮して議論を進めるべきだ」と指摘した。
労働側はどうか。同一労働同一賃金や長時間労働の是正は労働者側が求めてきた政策課題だ。連合は政府の取り組み方針を評価しているが、長期雇用の正社員の雇用や待遇を守ることを重視してきた日本型雇用システムの見直しを政府主導で迫られることへの警戒感もある。神津氏は会見で「法律にどういうふうに落とし込んでいくかについては、労働政策審議会でやるのが基本だ」とクギを刺している。
働き方改革実現会議では、成長産業への転職・再就職支援や人材育成策、テレワーク(在宅勤務)や副業・兼業など柔軟な働き方の導入も検討テーマに掲げた。多様な働き方に応じた社会保障制度や税制のあり方、外国人材の受け入れ問題も検討課題に盛り込んだ。
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