新人事制度で暗転

 松本氏は新規事業開発を担当するマネージャーとして活躍してきたが、57歳に役職定年を迎えると、年収は半減。子供はおらず、自宅のローンも完済していたので日常生活には困らなかったが、予想外の展開が待っていた。

 役職定年と前後して就任した新社長が、会社への貢献度を「S・A・B・C・D」の5段階で評価する新しい人事制度を導入したのだ。

 松本氏の自己評価は「B」。マネージャーとして部署を引っ張ってきた自負があった。ところが言い渡されたのは最低評価の「D」。「経営方針を巡って新社長と対立することが多かったので、狙い撃ちにされた」。松本氏はそう話す。

 この会社では60歳の定年後、65歳まで再雇用する制度があった。しかし、新人事制度では、D評価の社員には再雇用を認めない付帯条項があった。

 92歳になる父親の介護もしなければならなかったため、松本氏は納得する形ではなかったが、会社を去る。年金の受給が始まる62歳まで、どう生計を立てるのか。月20万円の父の年金に頼り切るわけにもいかない。

 役に立ったのが、在職中に取得した「キャリアコンサルタント」や「産業カウンセラー」の資格だった。市民講座などの講師として、毎月数万円の収入が得られる。「在職中に何年もかけて準備してきたことが、今、身を助けている。仕事を失ってから『どうしよう』では遅い」と警鐘を鳴らす。

 働き続けることが前提の「無定年」時代には、無事に再雇用されても安泰とはいえない。多くの場合、厚生年金の受給開始年齢に併せて雇用が打ち切られるからだ。警察官だった山田孝一氏(仮名、64)のケースを見てみよう。

山田氏は、趣味の盆栽を生かし、庭師の仕事も請け負う(写真はイメージ)(写真=maroke/Getty Images)
山田 孝一(仮名、64)
58歳で早期退職。
嘱託職員として4年勤務の後、転職。
収入45万円 支出28万円
仕事の報酬20万円 生活費20万円
生年金受給額25万円 税金など8万円

 山田氏は2012年、30年以上勤めた職場を早期退職した。公務員改革の一環で退職金は年々減る一方。ならば、少しでも多くもらえる早期退職を選んだ。転勤の多い警察官の仕事では、高齢の母の面倒を十分見られないのも大きな理由だった。

 2900万円の退職金のうち1700万円を住宅ローンの返済に充て、残りは貯蓄に回した。とはいえ、これでリタイアしたわけではない。早期退職後も、転勤のない嘱託職員として64歳まで残ることができる。この制度を利用して働き続けることにした。給与は18万円と現役時の半分以下。共済年金14万円と合わせて32万円が主な収入源だ。趣味の盆栽を生かして、週末は庭師の仕事もこなし、わずかながら収入の足しにすることもある。

 問題は嘱託職員の期間が終了する64歳以降だ。年齢が高くなればなるほど求人は減り、仕事はなくなる。それが現実だ。早めに手を打っておかなければ働き続けられない。山田氏は嘱託で働き始めた3年後から考え始めた。「収入を年金だけに頼る生活は考えられなかった。だって、将来減らされてしまうかもしれないでしょう」64歳以降の職場として希望したのは待遇面は嘱託時代と同水準で、社会保険にも加入し、厚生年金も払い続けられるところ。年金を払い続けられれば、本当にリタイアした時に得られる年金額も増えるからだ。

 そうして見つけたのが、ギョーザ製造工場の仕事。17年から週5日、朝5時半から午後2時半までギョーザやシューマイの製造ラインで働く。工場には70歳を過ぎても働いている人がいるという。「警察官時代の仕事とはまったく違うからすべてが新鮮」。山田氏は過去のキャリアにこだわらず、とにかく長く続けられる仕事を探し、将来に備える。