唯一の顧客である防衛省に長らく守られてきた日本の防衛産業。輸出など“国際化”への道が開かれたが、すぐさま壁の厚さを知ることになった。防衛関連企業の試行錯誤が始まった。

(写真=ロイター/アフロ)

 「より安全なオーストラリアをつくるため、技術を共有しましょう」。今年2月、三菱重工業が豪州の大手紙に掲載した全面広告にこんな見出しが躍った(下写真)。

現地大手紙に広告を掲載するなど、三菱重工は豪州の潜水艦を受注すべく積極的に活動した(写真=時事)

 同社が狙ったのは、豪州が表明した総額4兆円を超える潜水艦の大型整備計画の受注だ。計画をぶち上げたトニー・アボット前首相は、原子力潜水艦を除けば世界最高水準とされる日本の潜水艦の輸入に前向きだったとされる。だが、その後を襲ったマルコム・ターンブル首相は現地生産を重視する方針に転換。この結果、日仏独の三つどもえの競争に発展した。日本は、政府と三菱重工、川崎重工業からなる官民連合。フランスは政府系造船会社のDCNS、ドイツは防衛大手のティッセンクルップ・マリン・システムズがそれぞれの国の政府と連携して参戦した。

 結末は周知の通り。4月末、豪州政府は仏DCNSをパートナーに選定し、受注競争は幕を閉じた。

 巨額の予算が絡む防衛装備の導入は、水面下で様々な思惑をはらんだ決定プロセスをたどる。このため日本が敗退した原因を単純に断ずるのは難しいが、フランス陣営の老練な交渉術が奏功したのは間違いない。同国は防衛産業を基幹産業の一つと位置付け、これまでに様々な案件をこなしてきた。豪州の国防省と関係の深い人物を受注活動に参加させたほか、技術移転や現地生産を進めるノウハウにもたけていた。