田舎のコミュニティーに高い壁

 のんびりした生活を夢見て都会から田舎に移住する人は多い。しかし現実には地域社会にいきなり溶け込むのは容易ではない。ところが、「僧侶」という肩書さえあれば、地縁のない落下傘でも地域社会は受け入れてくれるのだ。

 日系グローバル企業の欧州子会社トップを務めていた川上和夫さん(仮名、60歳)。同世代の友人が相次ぎ倒れたことをきっかけに、ストレスの多い生活に見切りをつけようと決意した。

 トップの任期は1年残っていたが、会社が導入した早期退職優遇制度に手を挙げた。「田舎生まれだから東京のあくせくした生活はきつい」と伊豆半島に移住、農地を借りて野菜作りに精を出す生活が始まった。

 広大な集落に住むのは約30世帯。跡継ぎがいる家庭はほとんどなく、廃屋や荒れた農地が目立つ。「ならば自分が後継者に」と農地購入を申し出たが地元の農業委員会が立ちはだかった。隣接農地所有者が首を縦に振らないのだ。

 集落の寄り合いに参加してみた。「もっとこの地を盛り上げられないかと思っているんですよ」。酒を飲みながら思いをぶつけると、酔った地元住民にこう怒鳴られた。「昨日今日来たよそ者が何を言うかっ」。

 川上さんにとって幸いだったのは、意外にも就職した2人の子供の存在だ。移住するので都内にある自宅を売り払うことを考えたが、「会社に通うのに便利」という子供の願いを聞き入れて残した。おかげで今は1年の半分を東京で過ごす生活。難しい伊豆でのご近所付き合いに悩む日はそれだけ減った。

 「伊豆の家の近くに完全移住した人がいる。その人が言うんです。『川上さんはいいなあ。帰るところがあって』と」

夫源病の恐怖、家も居場所なし

 もっとも川上さんのように、それまでの生活に区切りをつけて、セカンドライフを歩み出す前に、まずは、これまで空けっぱなしだったマイホームでの生活を満喫しようとする人も多いだろう。苦労をかけ続けてきた伴侶とのコミュニケーションを密にしようと考えるのは自然なことだ。

 しかし、事はそう簡単ではない。

 「夫が家にいるようになってから、頭痛とめまいがするようになった」と訴える50代後半の主婦。離れて暮らす娘に電話で相談したところ「それって夫源病じゃない?」と指摘された。ネットで調べると症状がピタリと合致した。

 夫が原因とは穏やかならざる病気だが、2011年に大阪樟蔭女子大学の石蔵文信教授が命名したもの。夫の言動や過度の依存、干渉に対する不平・不満がストレスとなって、妻の身体に起こるめまいや動悸、頭痛、不眠などの症状を指す。ちなみに、逆パターンで妻源病という言葉もある。

 では、退職後に居場所がない「定年ホームレス」はどこにいるのか。図書館と裁判所、そして公園。お金のかからないこの3カ所が“聖地”らしい。取材班はその実態を探ってみた。

平日朝の図書館。裁判所、公園と並び、居場所がない定年退職者たちの憩いの場となっている(写真=的野 弘路)

 東京都下のある区立図書館。早朝、入り口前に高齢者がぽつぽつと姿を見せ、開館の午前9時には数人が集まる。門が開くとみな足早に閲覧室に向かう。ゆったりと過ごせる席を確保するためだ。ビニール袋などを置いて、席を押さえれば、閉館の午後8時頃までの過ごし方は決まったも同然だ。

有名人が出廷する裁判の傍聴券を求めて集う人々。裁判所には多くの定年退職者が足を運ぶ(写真=Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 東京・霞が関の東京地方裁判所。「罪名は地味だけど、意外とこっちの裁判は面白そう」「次はあの裁判官の単独審だから説諭が期待できるな」。所内に置かれたベンチで高齢者らが談笑している。彼らが突き合わせるのは、面白い裁判に関する情報。裁判所通いがもう何年にも及ぶからなのか、極めて専門的な会話が飛び交う。

 「東京都シルバーパス」を使い、始発から最終便までひたすらバスに乗り続けている男性を発見した。家には妻がおり、息子も家族を関西に残して東京に単身赴任しているという。だが、「家にいても気詰まりなだけ。バスに乗っていたら色々な人の身の上話が聞ける。自分が外とつながっていることを実感できるのです」。