アーム買収の発表を受けて、7月19日の東京株式市場では朝方からソフトバンクグループ株が急落した。終値はその前の週末比10.3%安の5387円。

 急落の主因は3兆3000億円という買収額の大きさとともに、その資金調達方法にあった。2兆3000億円は電子商取引のアリババ集団(中国)株、ゲーム会社のスーパーセル(フィンランド)株、ガンホー・オンライン・エンターテイメント株の売却などで賄ったが、残る1兆円を銀行から借り入れた。

 ソフトバンクの2016年3月期の有利子負債は11兆9224億円。これに1兆円が上乗せされる。同期の連結売上高の1.3倍に相当する規模だ。さらに「アーム株の買い付け価格は、買収発表前の株価より43%も高かった」(SMBC日興証券シニアアナリストの菊池悟氏)。借金が膨張する上に、値段が高すぎるとみたのだ。

 しかし市場の見方はその後、次第に変化している。「孫社長が得意のレバレッジ経営をうまく動かしている」と、ある日本株ヘッジファンドのファンドマネジャーは指摘。「実は体力の範囲内で買収していることが分かってきた」(ある大手銀行の債券ファンドマネジャー)との声も上がる。

 「スーパーセル株などの売却で2兆円入った。手元に現金が来るのが見えたので、直後にアームを買いに行った」

保有株の価値が負債を上回る
●ソフトバンクグループの純有利子負債と主な保有上場株の時価総額比較
注:純有利子負債はソフトバンクの試算。時価総額は2016年7月27日時点。上左側グラフは内訳の数字を端数切り捨てにしているため、合計が9.1兆円にならない

 孫社長は本誌の取材にこう言い切った。ソフトバンクは通信事業者であると同時に巨大な投資会社でもある。創業間もないころから始めた投資事業では、アリババやヤフーなど有望なネット・IT企業に投資してきた。これまで累積で7398億円を投じている。

 投資に対する収益(現在の含み益込み)は10兆1000億円。例えば今回、株式を売却したスーパーセルは、2013~14年に約1900億円を投じて買収し、7700億円で売却した。配当を含めると8800億円の収益を生んだという。世界の投資ファンドと遜色ない。

 経営再建中のスプリント分を含めた保有株式の時価総額は7月末で9兆1000億円。有利子負債から保有する現預金などを差し引いた純有利子負債7兆1000億円を2兆円も上回っているのである(上のグラフ参照)。

「借金額で評価はおかしい」

 ソフトバンクの自己資本比率は2016年3月期で12.6%。このクラスの大企業では珍しい低さだ。しかも、ここ10年は2013年3月期に20%を超えたものの、ほぼ10%台。それでも1兆円もの借り入れができるのはなぜか。

 本業では2017年3月期に、国内通信事業だけで約5000億円のフリーキャッシュフローを手にする見込み。この潤沢な現金収入の上に、前述のように投資事業が生み出す収益力があるからこそ、巨額借り入れができるのだ。

 「今回の1兆円借り入れは、近いうちに社債を発行して返済するとみている。これはぜひ買いたい」。前出の大手銀行の債券ファンドマネジャーは、こう打ち明ける。なぜ機関投資家は買いたがるのか。理由は2本足の事業構造のキャッシュ創出力だけではない。

負債の重みは再び増してくるが…
●純有利
注:純有利子負債は、有利子負債から現・預金、短期有価証券などすぐ換金可能な資産を差し引いた正味の有利子負債。調整後EBITDAは、営業損益に減価償却費、企業結合再測定損益、その他営業損益などを加えたもの。企業の稼ぐ力を示す。純有利子負債/調整後EBITDA倍率は、収益力に対して純有利子負債が何倍になっているかを示す。2016年6月は、スーパーセル、ガンホー・オンライン・エンターテイメント株の売却後、アーム・ホールディングス買収後

 「借金の大きさを絶対額で心配するのはおかしな話で、比率で見るべきだ」。孫社長は、1つの物差しを持ち出してこう言う。純有利子負債/調整後EBITDA(利払い・減価償却前などの利益)倍率。調整後EBITDAは、営業利益に近い概念で、簡単に言えば本来の稼ぐ力を示す。これに対して純有利子負債が何倍になっているかを見るものだ。負債が稼ぐ力を大きく上回っていなければ問題はないというわけだ。

 今回のアーム買収で同比率は3.8倍から4.4倍になるが、実はボーダフォンの日本法人を買収した直後の2006年6月に6.2倍に達している。孫社長自身「ぎりぎりまで(借り入れで買収をする)アクセルを踏んだ」と振り返るほど。日本企業としては過去最大規模の買収だが、現在、ソフトバンクグループに潤沢なフリーキャッシュフローをもたらしている通信事業を手に入れた時に比べれば、今回の買収は余裕があるとも言えそうだ。

日経ビジネス2016年8月8日・15日号 16~19ページより目次