「アームOS」でグーグルに挑む

 「多くの人は、その存在についてまだ十分認識してないと思うんですけれども、アームは(情報機器に組み込む)エンベデッドOS、まさに『アームOS』も持っている」。孫社長はこう反論し、さらに続けた。

 「グーグルのアンドロイドOSやアップルのiOSは、IoT向けとしてはサイズが大きすぎて、消費電力も高い。アームOSはIoT向けのチップの中に組み込まれるため、消費電力は低く、しかもセキュア(安全)な通信を保つことができる」

 もちろん、パソコンの時代からスマホの時代へと移行し、OSとハードをセットで開発する傾向が強まるなど、IoTの時代になれば、またルールが変わるだろう。チップとOSさえ押さえれば覇権を握ることができる、とは限らない。その点も、孫社長は十分に認識している。

 「OSはプラットフォームの一部にすぎない。さらにいくつかカギとなる重要な要素があって、それを僕はこれから10年かけて、徐々にそろえていきたいと思っている」

 要素とは何か。いつまでに何がそろうのか。それらが一通りそろった時、アームは初めて本当のプラットフォームとして飛躍する。逆に言えば、そろわなければプラットフォーマーとして覇権を握ることはできない。

 アームの買収を発表して以降、メディアやアナリストからは孫社長に「既存事業とシナジー(相乗効果)が出せるのか」という質問が相次いでいる。7月28日の決算説明会でも孫社長は、「アームと既存事業に直接のシナジーが見えないからこそ、独占禁止法上の規制をクリアし、無風での買収が可能だった」と言明を避けてきた。

 しかし、孫社長は手の内の全てを隠しているわけではない。

 近い将来、アームチップ搭載の機器向けに、ソフトバンクや米スプリントなどグループが抱える通信サービスとセットにした思い切ったIoT向け割引メニュー、あるいは無料化施策が飛び出す可能性が高い。

 孫社長は本誌の取材で、IoT向けの通信費が高いことを認め、「ケチくさいことは考えていない」「機が熟せば、そういうこと(通信とのセット)は当然に出てくるでしょうね。まあ、あんまり答えたくない」と語った。

 ただし、そもそも孫社長は事業のシナジーを狙って企業買収を繰り返しているわけではない。スプリントの再建では、孫社長の陣頭指揮の下で効率的な通信ネットワークの構築を進め、業績は回復の途上にある。英ボーダフォンの日本法人買収後の再建ノウハウを生かし、シナジーが出ていると言えるが、これは例外だ。

スプリントが初の黒字に
●ソフトバンクが買収後のスプリントの業績推移(米国会計基準)

 孫社長の買収の指針は、その企業が「情報革命」に寄与するか否か。時代ごとに、将来性があり、かつソフトバンクの体力に見合う投資先を見極めてきた。創業期の主力はパソコンソフトの卸売事業や出版事業。次は、インターネット事業。今では通信事業が主軸で、次は半導体というわけだ。

 そのグループをつなぐのは、「孫社長の剛腕」と情報革命を早く実現させようとする「志」に他ならない。今の志の定義は、「超知性の時代を早く到来させる」、そして「人類が超知性の時代を良き心で迎えられる準備をする」である。

 その意味で、前章で孫社長が語っていたアームによるプラットフォームは前者。一方、グループで手掛ける人型ロボット「ペッパー」は、後者を担う。いわば、超知性の左脳はアーム、右脳はペッパーが担うということだ。

 孫社長は言う。「ペッパーの最大の発明は、自らの意図で様々な知的活動をする『感情エンジン』。超知性が生まれた時、実はこれがものすごいカギになる。アームの1兆個のチップとペッパーの感情、両方が重なった時、僕は初めて人々の将来の幸せに広く、深く貢献できると思っている」。

 既存事業とアームが真の意味でシナジーを生むのは20年後かもしれない。

日経ビジネス2016年8月8日・15日号 16~19ページより目次