役職定年で平社員に舞い戻り

 ガード下の串焼き屋「羅生門」。電機メーカーに勤める立川直哉さん(仮名、57歳)と同期の森新二さん(仮名、56歳)は、ビールを片手に深いため息をつく。昨年、2人はそろってラインから外された。役職定年は明文化されていないが、55歳を過ぎた同年代の社員は次々とバックオフィスへと飛ばされる。

 花形の営業から外された立川さんの給与は3割減少。東京都世田谷区に購入した一戸建ては、繰り上げ返済で今年、完済予定だったが、かなわなかった。家では妻から、「いつ給料は元に戻るの」と嫌みを言われる。

 最近は日本経済新聞を読むのも憂鬱だ。部長職以上の人事異動記事に、知り合いの名前を見かける機会が増えてきたからだ。そのたびに、嫉妬と羨望が入り交じった感情が込み上げてくる。

 心が休まるのは、自分と同じ境遇の同期と傷をなめ合いながら瓶ビールを飲む時だけ。酔いが回ると、必ずどちらからともなく、口に出る言葉がある。

 「こんなはずじゃなかったのに」

 今、多くの50代男性が、そんな思いにさいなまれている。原因の一つが、55歳前後の管理職から強制的にポストを剥奪する「役職定年制度」だ。バブル崩壊後の1990年代から大手企業の間で広がり始め、中央労働委員会が2009年に大企業218社を対象に調査したところ、約半数が既に役職定年制度を導入していたという。

 そして、長引く経済の低迷を背景に、その潮流はさらに広がっている。冒頭の男性のように、社内規定で明文化されていなくても、55歳前後でラインから外される事例も尽きない。

 「団塊世代は幸せなまま定年を迎えたが、私たちは突然、ゴール手前ではしごを外された。まるで、いきなり隕石に襲われた恐竜だよ」。中堅食品卸に勤め、今春、役職定年の対象となった加藤隆さん(仮名、54歳)はこうぼやく。

(イラスト=北沢 夕芸)
(イラスト=北沢 夕芸)

 さらに役職定年よりも厳しい人事制度の導入が進む。仕事の役割の大きさに応じて報酬を決める「職務等級制度(ジョブグレード制度)」だ。それは、多くの日本企業が採用してきた、社員の能力に応じて処遇を決める「職能型」の人事制度からの抜本的な転換だ。職能型は年齢に応じた経験値を評価する傾向があるため、年功序列の要素が強い。成果主義を標榜する会社でも、運用面で年功要素を排除しきれないのは、そのためだ。

 だが、ポストにひもづけされた職務内容に応じて処遇が決まる職務等級制度では、年齢要素は一切考慮されない。極端に言えば、その仕事ができるか否か、だけだ。世界的にはこちらの方が標準。社内外から必要な人材を臨機応変に配属・採用するには、好都合だ。

 2014年に職務型の制度を徹底した日立製作所の迫田雷蔵・人事勤労本部長は、「2000年代前半から人材を時価評価する成果主義を取り入れてきたが、今回、完全にグローバル基準に振り切った」と話す。ソニーやパナソニックも昨年、同様の制度を本格導入した。

 「50代は、激変した人事制度の負の側面を受けた最初の世代」。人材コンサルティング会社、セルム(東京都渋谷区)の加島禎二社長はこう指摘する。ゆでガエル世代に対する厳しい人事施策は、より数が多い40代後半のバブル世代が50代になる時のための予行演習という意味合いもある。団塊世代とバブル世代に挟まれ、「身動きが取れず、諦めている人が多い」(加島社長)。

50代を理解する12の切り口
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注:博報堂新しい大人文化研究所の阪本節郎統括プロデューサーへの取材などを基に構成
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